契約書の作成から、
KM邸のプラン見直し、
KD邸の外観の設計、概算見積の作成
KW邸の別プラン
と仕事を進めます。
数年前から思っているんだけれど、
変な事件や事象をニュースで見る。
ちょっと変わった人の幼稚な事件、
地球環境変化による異常気象
なんかが、それにあたる。
ちょっと変わった人。
私たちが住んでいる環境がそうさせたようにも思う。
ゲーム、携帯、インターネット、高級車、高級マンション.....
いつの時代になってもおじさん、おばさんは、おじいさん、おばあさんは、
昔はこうじゃなかったというセリフを言うんだろうけれど、
いつの時代でも昔より便利になっているってことは言えるんじゃないだろうか。
この便利さがすべての人でなくても、
人とのつながりを希薄なものにしているように思う。
便利になることによって、エネルギー消費が増え、
地球環境にも影響しているんだろう。
数年前から思っていることは
この便利さを戻したらどうか?
不便さを受け入れたらどうか?
建築の仕事に携わっていて目にするもの。
便器を自動で洗ってくれるもの、
浴槽を自動で洗ってくれるもの、
食器を自動で洗ってくれるもの、
バリアフリー、ペアガラス、断熱サッシ、
確かに便利で、快適なもの、
何人かの建築家が言っていたこと、
弱者の立場で建築を造ると、みんなが弱者になる。
確かそう言う内容の言葉だった。
便利なものは人を横着にするじゃないだろうか?
特に子供の教育には不便さも必要ではないんだろうか?
日々使用するものは汚れる、
それを掃除するというのも教育につながるように思う。
会社をリタイヤして、終の棲家を建築する場合と、
若い家族が立てる住まいとは別で考えるべきだろうな。
そんなことをニュースを見ながら、考えるときがある。
さて、仕事します。