今年で結婚して10年になる。

 

 お見合いで授かり婚(できちゃった婚とも言う・・・)の私は、結婚指輪 宝石白 をものすごく意識していた。


 婚約期間には結婚指輪に見える指輪を左手の薬指にはめていた。


 どうも、、世間の目が気になって仕方なかったのだ。


 そして、幸せの象徴のようにも感じていた。


 結婚式で、指輪の交換をして、まだ、左手の薬指に馴染まない真新しい指輪を手で確かめるたびに

 

 好きな人の妻になる♪ことが嬉しくてたまらなかった。 


 日々の生活の中で、左手の薬指に馴染んできたころ、~の奥さん。~のお母さんと呼ばれるようになっていた。


 夫婦は互いにいつまで恋愛感情をもっていられるのか? 


 なんてことをしみじみ、考えさせられてた頃、、結婚指輪は、妻であることの証で、

 

 妻であることに執着し、誇示するモノになっていた。


 その時々で幸せの象徴だったり、妻であることを誇示するものになったのはなぜだろう?


 結婚指輪は、、いつも変わらず私の左手薬指にあった。 

 

 その時のこころの視点からみえる風景が


 幸せな景色に感じたり、、


 苦しく悲しい景色に感じたからではないだろうか?


 結婚指輪が、ただの指輪に感じたとき


 わたしは、左手の薬指から外して、宝石箱にしまった。


 自分の人生を生きる。 


 ささやかな、自分へのコミットメント口紅


 指輪を外そうが、はめていようが、、、日々の生活は変わっていない。 


 変わったのは、、


わたしのこころの視点なのだと感じている。