<朝>
7:30に起床し、ホテルの周りを2kmほどJOGした。どこにも痛みはなく、程よい軽さだ。シャワーを浴びて朝食。ご飯大盛りを食べようとするも、緊張からか食欲なし。無理やりお茶で流し込んだ。部屋に戻りレース中に摂取するエネルギージェルをユニフォームの腰骨辺りにガムテープで貼り付ける。アームウォーマーに挟み込む予定だったが、気温が上がりそうなのでウォーマー•手袋なしで走ることにした。

<スタート前>
地下鉄に乗って10:30に平和台陸上競技場到着。一日サポートしてくれる大学の同期しんやと会う。さっそくBグループ控え室へ。ゼッケン番号順に分かれたプレハブ小屋の中にはすでに大勢の選手が陣取り、スペースがほとんどなかった。ストーブがたかれ、まるで減量中のボクサー用のサウナの様に見えた。外に出ると、昨日の受付では会えなかった多くの知り合いと話ができ、リラックスできた。皆、初マラソンの自分にアドバイスをくれた。競技場内を2周JOGした後いつもより入念にストレッチし、ダメ押しのエナジーバーとヴァームゼリーで準備完了。大濠公園のスタート地点へ。並びは最後尾。ハーフの記録でギリギリ出場資格を得たので仕方ない。いよいよスタートだ。『10秒前』のコールで全体が前に進む。端っこが空いたので、するするすると前の方へ。真ん中辺りまでいけた。ようやくこの場に立つことができた。怪我もなく、機嫌良く初の42.195kmに臨むことができる。さぁ5kmあたり18分45秒を刻む旅が始まる。果たして自分はゴールの平和台陸上競技場に戻ってこれるのか?

12時10分。天候晴れ、気温13.7度。
絶好のコンディションの中、第65回福岡国際マラソン選手権大会スタート。



《~5km》
スタートしていきなり転倒に巻き込まれそうになったがなんとか回避。狭い公園内を、こけないように力を使わないように集中した。スタート前に37分辺りを狙うと言ってた知り合いを見つけたので後ろについて走る。1km通過は3分47秒くらいでまずまず。2kmを過ぎるとようやく大通りに出た。前方を見るとどこまで続いているのかわからないくらいのランナーの筋。そして、沿道の応援。すでに順位がどれくらいかなどわからない。ただ、今走っているのはフル2時間42分、ハーフ1時間10分の参加標準記録を突破した、シリアスランナーのみなのだ。ロードに出てから、リズム良く無駄のない走りをするランナーにつくことができた。ペースは予定より速いみたいだが、あくまでもリズムを重視したいので着いて行くことに。何人か知り合いとも声を交わす。当然だが、キロ3分45秒は呼吸的には相当楽なので、あちこちで話し声が聞こえる。福岡の街並みや、沿道の応援、周りのランナーの様子などを楽しみながら、始めの5kmを通過した。いきなり腹痛が起こったが、42kmの長旅。たくさん食べてエネルギーを貯められた証拠だ、と全く気にならなかった。

【スタート~5km:18分06秒】



《5~10km》
はじめの5kmを、予定より速いがかなり余裕を持って通過した。ここで初めての給水。自分は道路の中央線辺りを走っていたので、テーブルには届かない。4.50人くらいの大集団なので無理に内に入るわけにはいかず、ここでの給水は諦めたが、ボトルを取れた選手が残りを回してくれた。この瞬間に、ここにいる全てのランナーがゴールという同じ目標に向かって走っているんだということがわかった。上位を走る選手はともかく、この辺りにいるランナーたちの目標は、自己ベストの更新、あるいは完走なのだ。自分1人で42kmの間ペースを作って走り通すことは不可能。この後ゴールまで、勝負の駆け引きは一切なかった。この区間も少し速め。ただ、調子はすこぶる良い。

【5~10km:18分14秒】



《10~15km》
福岡のコースはほぼフラットで本当にに走りやすい。橋を越えるアップダウンがコース上に二度あるが、気分転換になってちょうどいい。この辺りでは、ペースが落ちてきてるのでは、と心配になるほど淡々と、楽に脚を進められていた。途切れることのない沿道の中に連れの姿を探しながら黙々と距離をこなしていく。楽しい!自分は今、福岡国際マラソンを走っているんだ!喜びが湧き上がってくるのがわかった。相変わらず給水所ではおこぼれを頂く作戦。無駄な力は使いたくない。

【10~15km:18分26秒】



《15~20km》
まだ元気。知り合いを見つけ言葉を交わし、全く息があがっていないことを確認する。10kmやハーフの様に、死んでしまうのではないかと怖くなるような荒い呼吸は全く聞こえない。広い道路の上を、ランナーたちの規則正しい足音だけが心地良く繰り返されるのみだ。ペースも全くブレることなく、全ての選手が淡々と、ただ淡々と歩を進めるだけなのである。20kmを前に、以前痛めていた右内くるぶしの下辺りに痛みが出てきた。一歩踏み出すたびに鈍い痛みが。途中で急に走れなくなるんじゃないかという不安と、これくらいの痛みなら故障してでもいいから完走してやる、という覚悟が心の中を行ったり来たり。周りを見渡してみた。周りの選手たちも、自分の身体と対話しながら走っているんだろうな、なんてことを考えた。依然ペースは一定のまま。

【15~20km:18分29秒】



《20~25km》
ハーフの通過は1時間17分22秒。単純に倍するわけにはいかないが、後半を当初の予定通りいけば2時間40分切れるかも。いやいやこの先何があるかわからない。ここまでと同じように、何も考えずに脚を前に運ぶだけだ。22km辺りがちょうど博多駅前。スタート前から楽しみにしていたポイントである。今朝の朝練でも走った場所。沿道の応援はさらに増しているように感じた。ただ、この辺りからだんだんと周りを見る余裕がなくなってきていた。ここで一度目のエネルギー補給。給水以外の補給は初めてのことで心配していたが、ジェルを水で流し込む作業はうまくできた。ふと道路を見ると、あちこちに前を走る選手が捨てたと思われるゼリーやバーのゴミが落ちている。みな考えること、摂取するタイミングは一緒なんだなと思った。心地よい追い風の中、両足に少し不安を抱え始めながら走った。さすがにペースが落ちたかと思ったがそうでもなかった。

【20~25km:18分28秒】



《25~30km》
マラソンには30kmの壁というものが存在するらしい。ハーフまでのレースでは感じることのない、エネルギー切れと脚の痛み。全身が言うことをきかなくなるという。このレースに向けて、30km走は3回こなしてきた。一回目は4分15秒/kmペース。二回目はJOG。そして三回目は4分/kmペースだ。30km以降自分の身体はどうなるのか、エネルギー切れでガタガタになってしまうのかという不安。と同時に期待。30kmの壁を感じ苦しみ、そしてそれに打ち克ってこそマラソンランナーになるということだから。少しずつ集団は小さくなってきた。前からこぼれくる選手もだんだんと増えてくる。知り合いをパスするたびに声をかけた。かなり苦しそうだが、『しばらくペース落として完走目指すわ』との元気な声。一安心だが、こちらにも余裕はなくなっている。少し不安。いつの間にか集団の先頭に押し出されているが、ここまで来たらもはや風除けとかペースメーカーという考えはなくなっていた。後ろについたから楽というわけではないし、1人で走ってもペースが上がらないから一緒だ。自分のペースで走った。対向車線には早くも折り返してきた先頭集団が。速い!しかしどの選手も苦しそう。残り10kmあるのにあんなに余裕がないものなのか。自分もああなってしまうのか…。ここで中央線寄りに移動した。先頭集団を追うテレビカメラに少しでも映ろうとのセコい作戦だ。結果的にテレビに数秒、後ろ姿が映った。そうこうしているうちに目の前に30kmの看板。無事ここまで来れた。

【25~30km:18分39秒】



《30~35km》
もはや周りを見る余裕も、沿道に目をやる余裕もない。コースが頭に入っているわけではないが、31kmの折り返しだけは覚えていた。折り返してきた知り合いに声をかけながら自分も必死に香椎の折り返し地点を目指す。慎重に折り返し、来た道を戻る。気付けば集団は崩壊している。前も後ろも等間隔でランナーが点々といる感じ。自分もまた、1人になっていた。少し向かい風。ここで二度目のエネルギー補給。慣れた手つきでゼリーを水で流し込むが、20km過ぎの一度目とは比べものにならないほど苦しい。声にならない声が腹の底から出る。呼吸が苦しいわけではない。とにかく身体が辛いのだ。さらに、右裏ももが急に攣り始めた!正直パニックになった。エネルギー切れや脚の痛みは覚悟していたが、まさか自分に痙攣が起こることは想定していなかった。そういえばレース前、攣り防止のクリームや薬を準備している選手がたくさんいた。時すでに遅し。ここまでタイムの貯金ができていたので、ゴールタイムを予測して欲張り出したまさにその時だった。右をかばおうとしたら左すねも攣りかけた。気付けば両足首の感覚はほとんどなくなっている。全身が痙攣してくるというのはこれか。せっかくここまで来たのに、もう10km切ってるのに。40分切りどころか、こんなところで途中棄権?悲しくなってきた。なんとか完全に攣ってしまわないようすり足走法に切り替え、前に向かう。

【30~35km:18分26秒】



《35~40km》
やばいやばいやばいやばいやばい。攣る攣る攣る攣る攣る。一回攣ってしまえばもう終わり。キロ4に落としてでもなんとかゴールまで辿り着かないと!水分不足?ミネラル不足?カリウム不足?何かもうわけが分からない。とにかく給水だけは取ろう。もはや距離表示を見上げる余裕がなくなっている。今何kmかもわからない。とにかく前へ前へ。歩いている選手、JOG並にペースを落としている選手。それでも周りに見えるのは2時間40分を切ろうとしているランナーたちなのだ。途中距離表示を見ていないのでわからなかったが、目の前に40kmの看板が見えた。

【35~40km:19分04秒】



《40km~ゴール》
少しずつ脚が動いてきた。再び攣るのが怖いので一気にペースは上げられないが、周りの選手に比べると自分はまだ大丈夫だ。少しペースを上げる。ゴールが近付いているのがわかる。競技場内を500m走るので、とにかく1.7km頑張ろう。最後の給水もしっかりとった。長い道路の先では役員が白旗で左折を示しているのが見える。あそこを曲がれば平和台陸上競技場に続く最後の上りだ。左折し、一段と応援が増した狭い坂を上る。2時間30分前、この坂を下って自分の初マラソンがスタートした。やっとここまで来た!戻ってきたのだ!競技場のゲートが見えると目頭が熱くなった。夢にまで見たフルマラソンをゴールできるんだと思うと、自然と涙が溢れた。昔は練習中やレース後に悔しくてよく泣いた。泣いたらえずいて苦しくなり、さらに走れなくなったな。泣いて呼吸が苦しくなると、ふとこんなことを思い出して可笑しくなった。ゲートをくぐり、ホームストレート。スタンドからは、地下鉄を乗り継ぎずっと応援してくれた2人の声がはっきりと聞こえる。俺は戻ってきたぞ!スタンドに目をやる余裕がないので、2人に向かって心の中でそう叫んだ。残り400mで2時間34分40秒。1周80秒で36分を切れる。が、この脚でそれは不可能。それでも40分を切って目標達成だ。残り200m。もう脚が攣ることはない。ようやくスパートだ。ん?50..51..52...?36分切れるぞ!振り絞った。脚が動く!ガッツポーズでゴール。そしてタータンに倒れこんだ。もう脚が動かない。補助員の高校生が、フィニッシャータオルをかけてくれた。次々と見覚えのあるランナー達がゴールしてくる。名前は知らないが、レースの前半、中盤、後半と集団を形成し、共にゴールを目指した仲間達だった。

【40km~ゴール:8分03秒】



ゴール後タータンの上で大の字になり、福岡の曇り空を見上げた。ずっとこうしてみたかった。不思議と涙はなかった。

ただ、心の底から思った。



自分の脚でここまで戻ってきた。

42.195kmを走り切ったんだ。



自分にもできた。


自分にもできたんだ。





第65回福岡国際マラソン選手権大会
2時間35分58秒(175位)

完走436名(出場553名)