というのも、少し困ったことになっておりまして。
ただただ更新されないってのも、ご心配していただく方もいらっしゃるのではないかと
今日は少し近況を書いてみることにしてみました。
楽しい話ではないので、苦手な人は読み飛ばしてください。
それは、帰宅中になった電話で始まりました。
2月1日21:03 不在着信
滅多に電話などしてこない、母親からでした。
電車の中だったので、気づかず。留守電が入っていたので聞きました。
「手があいたら電話ください」
用件だけの録音。少し嫌な予感がしました。
何かあったんだろうか…。
駅を出た私は、すぐに電話を折り返しました。
そして、母親から告げられます。
「お父さんね・・・、ガンやってん・・・。」
涙をこらえながら事実を伝えようとする母親の声は、震えています。
まぁ、まて・・・。いまやガンなんて不治の病なんかではなくなってるし、
早めに対処したら大丈夫だろう。
私の頭の中では状況を整理するようにそんな思いがめぐっていました。
正月に会った父は、少ししんどいといつもより少し早めに自分の部屋に引っ込んでいましたが、
年末までゴルフに出かけて、母親を呆れさせていたぐらいなんですから。
しかし、次の母の言葉で打ちのめされることになります。
「肺がんで、手術できないんやって・・・。」
ウソだろ?
年明けに体調を崩した父は、かかりつけの病院に行ったそうです。
息がしづらいということで、肺気胸が疑われ、レントゲンを撮った結果
詳しく検査しなくちゃいけないと、総合病院を紹介してもらい、
検査を受けた結果だったそう。
ただし、病院は満室ですぐに入院はできないとのこと。
まだなんどか検査を受けた上で、治療方針を見きわめ、入院をしてからの治療になるという。
内視鏡検査の日には車の運転などできないということで、
連れて行ってほしいという要件でした。
ショックは大きかったのですが、この時点ではまだ情報が不足していて、
私自身、事の重大さには本当の意味で気づいていなかった気がします。
2月10日
病院へ連れて行くために、前日から実家に帰りました。
私の顔を見て
「おう、すまんな・・・。」
と声を掛けてきた父。
私はギクッとしました。
すっかり痩せて、亡くなったおじいちゃんとそっくりの顔をした父がそこに居たからです。
今まで似てると思ったことがなかっただけに、余計驚きがありました。
1ヶ月でいったい何キロやせたんだろう?
お正月には「少し痩せた」と喜んでいたのに、これじゃぁ痩せすぎです。
足もすっかり細くなって、時折のどに引っかかったような咳をしながら
ソファにただじっと座ってTVを観ています。
掛ける言葉を必死で探しましたが、まったく思い浮かんできませんでした。
そして、病院へ。
痛みが出て夜眠れないということもあり、
検査を受けている最中に私が受付に行って、診察もしてもらうことにしました。
「今日は検査で予約もしてないから診てもらわんでいい」
と言い張る父には、実力行使しかありません。
心配している私の妹からも頼まれていたので、なんとかしなくちゃと。
結果、改めてレントゲンを撮って診察。
外来なので、前回の先生と違ったようですが・・・。
一緒に話を聞くことができました。
先生は探るように聞いてきます。
「お話は聞かれていますか?」
「はい」と私たち。
レントゲンを見せてくれながら、先生は話してくれました。
胸に⒑cm近い腫瘍がありました。
前回来たときとは違って痛みが出ていることを伝えると、
すぐに痛み止めの処方をしてくれました。
そして今後のスケジュールもカルテを見ながら確認され、
その日は終了しました。
2月22日
いくつか受けていた検査の結果の日。
妹が仕事を休んで、両親と一緒に行ってくれました。
私はただただ結果を待つのみ。
妹からLINEで報告。
骨に転移がある様子。しかも肋骨と骨盤、右肩など全身。
幸い脳に転移は見られないとのこと。
転移の状況からも点滴による抗がん剤治療を入院後に始める見込み。
ただ、それもベッドが空き次第ということなので、日にちは未定だとか・・・。
確実に弱っていく父を入院・治療させてやれないのは辛い。
翌日から私はサザエちゃんと2人で実家に帰りました。
うちの奥さんは仕事が入ってしまっていたので、行きたがっていたけど断念。
孫娘の姿を見て、少しは元気になれば…と。
むしろ、母が癒されたようですが、まぁそれはそれで良かった。
3月1日
母からLINE。
「病院から連絡があって、入院8日になりました。」とのこと。
8日なら何とかなるので、連れて行くことにする。
ひとまず入院が決まって良かった。
いつまでも治療が始められなければ、どんどん悪くなる気がして。
3月4日
週末、サザエちゃんを連れて顔を出しに行こうかと母にLINEを入れたうちの奥さんから
「お父さんが立てなくなってるみたい。連絡してあげて!」と電話。
数日前から、足に力が入らなくなってきたようで、
自分でお風呂に入れなくなってるとのこと。
足が細くなっていたけれど、そんなにか?!
とあまり理解できない感じだったが、週末は妹が行ってくれると言っていたし、
お風呂は任せるしかないかなと思う。
3月7日
明日の入院に備えて、夜中に実家に帰った。
会社の送別会があったので、もう本当に夜中だ。
真っ暗な中、長らく使っていなかった実家の鍵をポケットに探り、
電気の消えた実家に入った。
父の部屋を覗くと、眠れないようでうちわで扇ぐ姿が。
「暑いん?」
と声を掛けたものの、様子がおかしいのだけは分かった。
やがて物音を聞きつけた母も起きて来て、
異常なほど汗をかいた父の額をタオルで拭った。
そして私はようやく理解できた。
父は「立てなくなった」なんてもんじゃない。
下半身が麻痺して動かなくなっていたんだ・・・。
電話では言うに言えなかったのか、母親が話してくれた。
最初は立ってトイレに行けなくなっていたのが、だんだん動けなくなってしまっていたこと。
やがて尿意も便意も感じられなくなってきたため、あわてて成人用のオムツを買いに走ったこと。
そして、真夜中に2人がかかりで父のオムツを替えた。
介護なんて、実は他人ごとだと思っていたことに我ながら気づかされたようだ。
元気な両親。
それは当たり前のものではなかったんだなと、今さらながらに実感させられる。
そして父の気持ちも痛いぐらい伝わってきた。
だって、12月28日までゴルフしに行ってたんだよ。
それが今は自分で体を動かすこともままならず、赤ちゃんのように世話をされなくちゃならない。
嫌に決まってる。
それが分かるだけに、いたたまれなかった。
3月8日
妹が手配してくれていた、介護タクシーのおじさんが来てくれた。
これだけ動けないと、どうやって入院させるか悩んだ結果、
最善の策として思いついたらしい。
結果、これは正解だった。
そして、とてもいい人だった。
家の中までストレッチャータイプの車いすを入れてもらい、
一旦椅子に父を座らせて車いすに乗せ直す。
体の大きな父なだけに、男2人でやっとだ。
なんとか無事に車いすに乗せて、私は父の車を運転して介護タクシーの後をついて行った。
(また書く気になったらつづきを書きます。)
☆シロクマSTFの撮った大きい写真を見たい!という方はこちらからご覧いただけます。
http://robotk17.tumblr.com/
■これから大規模リフォームの業者を探そうとお考えの方へ■
私自身、大手のリフォーム会社に勤めていますが、新築と違って大規模リフォームでは会社による差以上に担当者によって対応も何もかも大きく違ってきます。入りたての新人が来たり、はたまた横柄な態度のオジサンが来たり…。また逆に、一見担当者が良さそうに見えても、会社が大規模リフォームの実績や施工体制がなければ、おそらくトラブルが起こってしまうでしょう。
大規模リフォームを考えるすべての人が、ちゃんと比較して良い業者を選べるように。私の先輩が立ち上げたリフォームコンパスでは大規模リフォームを考える人に無料で業者をピックアップしてくれます。専門家が選んでくれた業者・担当者の中から、最終的には自分で決める、これからの大規模リフォームの新基準になると思います。 -シロクマSTF-
リフォームコンパスの □ 幸せのカタチ ◇
専門家があなたにぴったりの大規模リフォーム業者をピックアップしてくれる
画期的なサービス
★リフォームコンパスの 秘密
大規模リフォームで失敗しないマル秘情報をお届け!無料メルマガはこちらから▼
大規模リフォームのここだけの話!(無料メルマガ)を購読する
---------------------------------------------------------
私が管理人になっているグルっぽです。
↓画像をクリック!
頑張って書きますので、こちらから応援よろしくお願いします
にほんブログ村
シロクマインテリアおすすめフォント:しねきゃぷしょん (PCにダウンロードするとシロクマの世界をより味わっていただけます。)
ツイッターはじめてました。 (´д`)ぇ
@robotk17
よかったらフォローしてくださいね(´∇`)
----------------------------------------------------