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この撮影現場、北海道にあるイサムノグチモエレ沼公園ですね。

私が入社して1ヶ月経った頃、北海道へ出張に行った時に立ち寄りました。

とても広くて北海道らしいゆったりとした空気感が心地よい公園でした。

公園内にあるレストランでランチもしましたよ。

行ったのは確か5月下旬だったので、暑くもなく清々しい風が気持ちよかったです。

また行きたいなぁ~


先日、東京ビッグサイトで『GOOD DESIGN EXPO 2011』が開催され、
見学に行ってきました。

私は最終日に行ったのですが、ものすごい人で溢れ返っていました。
まずはじめに、私の一番の目的だった

公開プレゼンテーション
すまいのデザインユニット
「ハウスメーカーの現在─3.11以降」


というセミナーに出席しました。

プレゼンテーション企業は4社。
・旭化成ホームズ株式会社
・住友林業株式会社
・積水ハウス株式会社
・ミサワホーム株式会社


各企業のプレゼンに対して、難波 和彦氏 手塚 由比氏 北山恒氏 ら建築家がコメントをする
シンポジウム形式で行われました。

各企業これまで、震災発生から東北の顧客の住宅の状況を素早く確認し、
補修作業や仮設住宅の建設にあたってきました。

そこで発生する資材不足や建設地不足などの問題。

また、震災から4カ月が経ち、家を失った人々が新たに新築する動きも出てきており、
そこで浮き彫りになったこれからの住まいのありかた。

とてもとても興味深い内容でした。

特に、これからの住まいのあり方について。

現在新築の商談は2世帯、あるいは多世帯住宅が多いそうです。

これは、できるだけ家族が近くにいられるようにと、こども家族が高齢の親と
同居をするというパターンが増えてきているためです。

家族を失った人が多く出てしまった震災により、生き残った家族の絆は一段と強くなりました。
それがこの、住宅という箱に顕著に表れてきているのです。

また、避難所では地域の方々が共に助け合って頑張っておられる姿が連日報道され、話題になりました。
この姿も、地域コミュニティーが確立している地方だったから自然とできたことなのかもしれません。

これが東京だったら、どうだったでしょう。。
私は今のマンションに住んで2年程ですが、隣の部屋の人ですら知りません。

こんな状況で被災してしまったら、助け合いどころか、少ない食料や物資を奪い合ったり
してしまうかもしれません。
それに近所の人の顔を知っているということは、少しでも安心できたり、時には頼ったりできます。

地域コミュニティーの形成はとても重要な課題だとあらためて感じました。

そしてそれは、都市の多くが住宅で占められる日本独特の風土を維持することであり、
住宅が持つ役割はそこに住まう家族のためだけでなく、地域コミュニティーのためでもあるのです。

そのような住宅は、3.11の震災以前にはなかなか見られなかったように思います。

防犯、断熱など、住宅に求められる条件は安全で快適に過ごせるものという、
そこに住まう人が中心となったものでした。

もちろん、多くの建築家たちはこれだけの顧客の要望を満たすだけでなく、
地域コミュニティーを意識した開放的な住宅を数多く設計してきました。

ですが、人々が求めるものはそうではなく、閉鎖的な、内にこもったものでした。
この人々の意識は、すぐに簡単に変えられるものではないでしょう。

ですが、
日本の多くの住宅を建設してきたハウスメーカーがここで変わろうとしています。

このプレゼンテーションである企業は、高齢者のための住居や介護施設等を合わせた
地域づくりを提案しました。

これにより、高齢者が過ごしやすくなるだけでなく、地域の若者の雇用も確保できるという計画です。

これが実現できたら、どんなに過ごしやすくなるかと、とてもわくわくしました。

現実問題は、国や県の方針や法令、人々の住まいに対する意識の変革など、
まだまだすぐには実現可能なことではありません。

ですが、これからますます高齢者が増える近い未来のため、
東北がモデル都市となって実現してくれれば、日本の暮らしはより豊かなものに変わっていくと感じました。

ハウスメーカーもメーカーという枠を超え、日本の未来のために動く時がくるかもしれません。

この震災をきっかけにこれまで潜在的にくすぶっていた問題が顕著になってきたことで、
これからの住まいのカタチが、地域コミュニティーのカタチが大きく変わることを願うばかりです。
今回の東北地方・関東沖大地震後、各地からの救援物資、義援金、チャリティーイベントなどなど、
日本中が、世界中が被災地(者)のために協力していたことはとても感動しました。

それから、早急に道路や鉄道が復旧したこと。
人間の力の強さを感じました。

被災者の方々もきっと力強く頑張っていらっしゃるんだと思います。
私たちなんかよりももっともっと不便な場所で。。





震災後、多くの方が防災への意識が高くなったと思います。
自分も少なからずその一人。

デザインを勉強してきたことや、今の仕事の影響で
なんとなく心の片隅にはあったことでもあるけれど。

色んなことがきっかけとなり、あることを始めることができました。



川崎医療福祉大学医療福祉環境デザイン学科(現在、医療福祉デザイン学科)
の卒業生による防災ポータルサイト“Saving Heart

コアメンバーは先輩方ですが、私もサポーターとしてメンバーに
入れてもらいました。

病院に関係する仕事をしていることで感じてきたことや
疑問に思うことをカタチにしていければと思っています。




また、仕事を通して知り合ったデザイナーさんは16年前の阪神大震災後から
防災デザイン研究会”というものを立ち上げ、
これまでにピクトグラムや安全ブックなどを製作しています。


そしてそして、今、デザイン業界では防災に関して新たな動きが始まっています。
(参照)日本産業デザイン振興会

私たちデザイナーが世の中のためにできること。
これからも模索し、行動を続けていきたいと思いました。



Saving Heart