留学日記、ちょっとずつ進めます。
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「一人で海外旅行」を決めてから、母の行動は早かった。
すぐにS先生へお願いし、UtahのM先生に連絡をお願いして、まず滞在先や滞在中の予定などを組み立てて貰うことにしました。
それと同時に旅行会社へ飛行機の手配とサンフランシスコでの現地ガイドさんを一人お願いすることに。
当時Utah州の州都、Salt Lake City(ソルトレークシティー)へは飛行機の直行便がなく、ロサンゼルス又はサンフランシスコ経由で向かうことになっていました。
ところが、その経由地での待ち時間が長い
なんと7時間近く
この待ち時間にはさすがに両親も心配に思ってくれたらしく、現地旅行会社の人を通訳兼ガイドとして空港での出迎えと、待ち時間の間に観光ができるように手配してくれました。
私はというと、まずはユタ州がどんなところなのか知るためにS先生にお願いして英会話のレッスンも兼ねてユタ出身の女性の方を紹介して頂くことにしました。
その女性の方がユタに行ってもお世話になった、Pさんでした。
日本が大好きで日本語の勉強をしにユタ州からS先生のところにいらしていたPさんは、英会話のレッスンをしてくれながらいろいろな事を教えてくれました。
まず、ユタ州はモルモン教の人が大多数であること。
モルモンの人は世界中に伝導へ出かけるので日本語が出来るアメリカ人もたくさんいること。
モルモンの人はたばこやお酒を飲まないので、喫煙する人たちには厳しい環境かもしれないこと等々。
いろいろ聞いたけど、結局最後に覚えていたのは「ユタ出身の芸能人が日本にはいて、それはケント・デリカットである。」ということだけでした。
そんなこんなでいざ 「一人で海外旅行」に出発したのです。