いまだに、トランスジェンダーや同性愛者を
「病気」だとか、「教育で増える」「伝染するもの」だと語る人がいます。
そして、そんな言葉が、政治の場で堂々と語られてしまうこの国に、
怒りをこえて、深い悲しみが込み上げてきます。
けれど、そのたびに思うのです。
この国のどこかに、「まだ知らないだけ」の人がたくさんいるのだと。
だからこそ、声をあげる必要があると。
多様な性(性的指向や性自認)は「なる」ものではありません。
教育で誘導されたり、誰かの影響で“目覚める”ものでもありません。
それは「生まれながらに、すでにあるもの」。
ただそこにある命のあり方を、
わたしたちはようやく言葉にし始めただけのことなのです。
「知ること」が、人を守る。
「トランスジェンダーを認める雰囲気が、子どもを誤った性別移行に誘導する」
そんな声も、いまだ耳にします。
けれど、もしそう思うのなら、なおさら教育の力が必要ではないでしょうか?
正しい知識を持たずに、曖昧な情報や偏見の中で、自分の本質と向き合うことなどできません。
教育とは、「何かを否定するためのもの」ではなく、
自分の内側と静かに向き合い、「本当の自分を正しく知るための学び」です。
どの時代でも、「無知」が差別の温床になってきました。
知ろうとする姿勢を失ったとき、人は簡単に誰かを傷つけてしまうのです。
誤った因果関係のすり替えに、声をあげよう。
同性婚を認めたからといって、同性愛者が増えるわけではありません。
ジェンダーフリーを進めたからといって、誰かの性自認が変わるわけでもありません。
事実として、世界中で同性婚を認めている国々で、
それによって少子化が進んだというデータは、存在しません。
少子化とLGBTQ+の人権保障をむすびつけるのは、
あまりにも筋の通らない議論です。
むしろ本当に、少子化を懸念するのであれば──
「安心して子どもを産み、育てられる社会」をつくること。
産みたい人たちが安心して未来を描けるようなサポート体制を整えること。
そして何より、「子どもたちが、生きていたいと思える社会」にしていくこと。
それが、いちばん大切なはずです。
子どもたちの命が、今、悲鳴をあげている。
現実にはいま、日本では子どもの自殺が過去最多を更新し続けています。
その背景には、家庭の問題や学校での孤立、経済的不安など、
さまざまな要因があります。
けれど何よりも大きいのは、
「自分の存在が否定される空気」が、社会に深く根を張っているという事実です。
約10人に1人いると言われているLGBTQ+の子どもたち。
彼らはいま、どんな気持ちで学校へ向かっているのでしょうか。
無理解な言葉や、差別的な価値観に囲まれ、
「本当の自分」を隠して生きる毎日。
「わたしは、このままでは愛されない」
そんな思いを抱えながら生きる子が、たしかに、います。
そんな現実を、どうか想像してみてください。
差別の正体は、「恐れ」です。
「伝統」「国益」「社会秩序」──
もっともらしい言葉で正当化されたとしても、
それが誰かの命や尊厳を奪う理由になってはなりません。
大多数と違う“異質なもの”
自分の価値観と違うというだけで、
恐れたり、排除しようとする心。
それが、差別の正体です。
そして、「男らしさ」や「女らしさ」の押しつけに
苦しんでいるのは、LGBTQ+の人たちだけではありません。
わたしたち誰もが、
「こうあるべき」という枠の中で、
本当の自分の輪郭を、少しずつ削られて生きている。
「違い」を、かけ橋に変えていくために。
ジェンダーフリーとは、
「みんな同じになろう」という思想ではありません。
それは、
「ひとりひとりの“違い”を尊重し、
誰もが自由に、安心して、その人の人生を選べるようにしよう」
という、ごくあたりまえの、
人間の尊厳に根ざした考え方です。
わたしは、願っています。
“違う”ことを恐れる前に、
人の痛みを想像し、共感する力を育てていける社会でありますように。
違いが、“壁”ではなく、“橋”になっていきますように。
そして、誰かの命が、誰かの存在が、
まるごと、愛される世界になりますように。
その想いを込めて、これからも、
わたしは語り続けます。
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谷ノ上朋美ひとり芝居 作品紹介
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