今日はショロンコラの被災地で、シャプラニールとJJSの協力でつくった井戸やトイレ、清掃した池などを見て回りながら、未だサイクロンの爪跡が生々しく残るラエンダ・ユニオンとサウスカリ・ユニオンで被災した人たちに話を聞きました。


サイクロンの夜から20日たちましたが、多くの人たちが、「今も水の夢を見る」と語っていました。
サイクロンが来た夜9時半ごろ、真っ暗な中、暴風と一緒に川の水が溢れてきて、みるみるうちに家の中を水が上がってきた、といいます。このままでは家が潰れる、家の中にいたら死んでしまう、と思って、家の外に出て木につかまり、水をやり過ごした、という人が何人もいました。


人々が頭上を超える水の中で木などにつかまっていたこの2分から5分ぐらいの間が、命を分けることになりました。

サラムさん親子2.jpgサウスカリ・ユニオンのバレッショル河畔に住むサラムさんの一家は両親と弟家族と一緒に暮らしていましたが、このサイクロンでサラムさんの父や弟をはじめ、家族8人を失いました。サラムさんの一番下の娘はまだ2歳。水が来たとき、サラムさんはこの小さな娘を抱えて外に出、木につかまろうとしました。水の中でしっかり木につかまることは両手があいていないとできません。結局サラムさんは娘の服の襟を口でくわえ、噛み締めて持ち上げながら木にしがみついていました。小さな娘はそのおかげで助かりました。

写真:こうやって木にしがみついて助かった、と語るサラムさん。右後方に救援として設置した井戸のポンプがみえる。


一方でサラムさんの弟はこの水の中で生き延びることができませんでした。サラムさんの弟の妻は、暗闇の中で夫と離れ離れになり、8歳の娘と10歳の息子、二人の子どもを胸に抱えるようにして、水の中で木にしがみついていました。しかし、水はどんどん上がってきます。左側に抱えていた息子の服が裏返しになり、顔にかかってしまったのをはずしてやろうとしているうちに息子は手を離れて水にさらわれてしまいました。暗い水の中、必死で手探りしたけれど二度と息子に触れることはできませんでした。右側に抱えていた娘は助かりました。水が引き、翌朝明るくなってから、家のまわりの別々の場所で夫と息子の遺体がみつかりました。夫が抱いていた、赤ん坊だった娘は、ずっと遠くまで流されてモスクの近くで遺体がみつかりました。


もうかなりのお歳になるサラムさんのお母さんは、サイクロンで水が押し寄せた夜に夫を失いました。怪我をした腕の包帯が痛々しく、その日のことを語る声は震えていました。


夜になるとあの日の記憶がよみがえり、暗い中を水が押し寄せてくる夢に目覚めては、水が来ていないことを確かめる、と何人かの人が同じことを言っていました。子どもたちは一見明るそうに見えますが、夜になると「いまシグナルはいくつ?サイクロンシェルターに逃げなくちゃ」と怯えたりするそうです。


サラムさんの家の近くにも井戸をひとつ、トイレをひとつ設置しました。彼らが失ったものの大きさに比べるとささやかな支援ではありますが、「井戸は本当に助かります。水に苦しめられたけれど、水がなければ生きていけないから。どうもありがとう。また来てください」と言ってもらえました。


(ダッカ駐在員 藤岡恵美子)

今朝ダッカを出て、ゴパルゴンジ県のコタリパラ郡にちょっと寄り、それからクルナのJJS(バゲルハット県ショロンコラ郡を中心に救援活動を行っているパートナー団体)の事務所へ来ました。JJSのスタッフはサイクロン以来毎日夜中まで懸命に救援活動にあたっています。彼らの献身的な働きに感謝を表し、これまでやってきた仕事の状況について報告を聞きました。


そこでスタッフからこんな話を聞きました。


「ショロンコラでは食糧配布は今はだいたい行き渡り、ください、と言える人は何度ももらっている人もいる。でも、実は中流階級の人たちの中に、すべてを失ったのに何ももらっていない人がいる。彼ら・彼女らは施しを受けることが恥ずかしくて、困っていても自分から手をだして『頂戴』と言うことができないんだ。そんなことはしたことがない人たちだし、誇りがあるから。数日前の夜、僕たちが仕事をしているそばで黙って子どもの手を引いて立ってる女性がいたんだ。何か言い出そうとしながら迷っているから近づいていって、困っていることがあったら話してください、と言ったら、もう3日何も食べていないと言って泣き出した。でもだから食べ物をください、とは決して言わないんだ」


サウスカリ・ユニオンのような高潮の被害があった被災地では、すべてを失ったのはもともとある程度のレベルにあった人も、貧しかった人も同じなのですが、走り回って救援物資をかき集め、なんとかしのいでいるある意味逞しい人は、どちらかというと元々貧しかった人なのかもしれません。元の生活レベルとの落差、という点では中流階級(正確にはLower Middle Class)のほうが大きいわけです。


もっとステイタスが上のUpper Classの人たちは親戚などを頼ってどこかへ行き、元々貧しかった人たちは救援の列に並んで逞しくやっている間で、取り残されているのがこの場合Lower Middle Classだというのが彼らの観察です。なかなか複雑なものがあります。 今夜は打ち合わせだけしかできませんでしたが、明日、サイクロンから20日たったショロンコラの状況を見に行きます。


(ダッカ駐在員 藤岡恵美子)


「たりないピース」 でインドにご一緒した俳優の宮崎将さん と「インドの子どもの笑顔から考えさせられたこと」と題して10月末に対談を行った。それが7日発売の「nina's」 (ニナーズ 祥伝社)という雑誌に掲載されている。


nina's この雑誌は、「母になっても Cute & Cool」というキャッチで、30代のママさんを対象に編集されている。今回の対談は世界の子どもの現状を知ったり、自分たちに何ができるのかを考えたりする「Kids' Smiles, No Border」という特集の中で取り上げられたもの。同じ特集の中で、ジュートレジバッグステナイ生活 も紹介されている。


編集の方がおっしゃるには、これまでも同様の企画を行ったが読者の関心は非常に高いそうだ。結婚して子どもができて、地域とのかかわりが出てくる中で、自分にも何か取り組めることがあるのではないかと考える女性が増えているようだ。


それにしても最近の雑誌サイトは立ち読み ができるのには驚いた(対談は読めないが)。


(東京事務局長 坂口隆和)


※宮崎の「崎」の字は旧字(右上の大が立)です。機種によっては表示できないため、文中では「崎」を使用しています。