わがダッカ事務所のお昼ご飯は、事務所の食堂でみんなで一緒に食べます。昼食時はみんな喋る喋る、食べながらよくこんなに喋るもんだと思うぐらい喋るのですが、そんな中で時々、珍しい話が聞けます。

例えば今日も話に出たのですが、独立戦争前後の混乱の時代の配給の思い出。


スタッフS:昔配給でさあ、大豆油を始めて食べたんだよね。

スタッフD:そうだね、大豆油なんて見たことなかったものな。

S:マスタード油以外の油なんて食えるのかと思ったけど、使ってみたらけっこうおいしくてね。

D:今は大豆油がずいぶん広まったもんだよねえ。

ふじ:その前は大豆油ってなかったの?

S,D:なかったよ。配給で入ったのが最初だったと思うよ。

D:あと椰子油も来たねえ。マレーシアからさ。

S:ああ、あれはあんまりおいしくなかったねえ。

S:あと日本製の布地ねー。シャツ用のさ。

D:券持って並んだよなあ。あの生地もらうのにね。

S:ぼくは子どもだったけど、欲しくておとなと一緒に並んでたらもみくちゃにされてさ。兄貴にしかられたなあ。

ふじ:それって、出来合いのシャツとかじゃなくて布地だったの?

S:そうそう。でもすごく品はいいものだったよ。みんな日本製の布地がほしくて殺到したんだよ。


こんな話をふむふむと聞きながら、いつもお昼を食べています。同じ話をよく繰り返すスタッフもいて、内心、「その話はもう何度も聞いたよ...」と思うこともありますが、貴重な体験をしてると思います。

昔の学校の教科書の話なんかも面白いんですよね。べつの機会に書きます。


(藤岡恵美子)

明日は外出禁止令が朝5時から夜11時まで解除されることになりました。昨日は朝8時から夜10時まで、今日は朝6時から夜11時までだったので、少しずつ解除の時間が長くなっているわけですが、一気に完全解除とはいかないようです。しばらくこの状態が続くのでしょうか。

今日はJICAの専門家として3年5ヶ月滞在され、間もなく帰国されるK先生の奥様、ミセスKの、お別れ会を兼ねたタゴールソングのコンサートがありました。ふわっとした雰囲気で、シックなサリーをさりげなく着こなされているミセスK。タゴールソングと出会ってその素晴らしさに魅かれ、音楽学校の門をたたき、こちらの先生に弟子入りされたそうで、今日はその先生方と一緒に11曲のタゴールソングを披露されました。耳に心地よい、のびやかなお声で、ベンガルの農村風景や、雨や風、おさげ髪をたらした村の少女の姿が目の前に広がるような、タゴールの世界に引き込まれました。きっとずいぶん歌いこまれたのだろうと思います。1曲ごとに朗読のように日本語で詩の解説をされたのもよかったです。


詩聖、ラビンドラナート・タゴール(ベンガル語読みではロビンドロナート・タクール)が残したタゴール・ソングとよばれる歌は千曲以上あるといいます。その歌はベンガルの自然や生命の輝きを讃えるものや、神への思い、人生の悩みや歓びを歌ったものなど、タゴールの深い精神世界を反映しています。シンプルで滞りのない流れをもつベンガル語の詩は、歌のタイトルを読むだけでも、なんてきれいな響きなんだろう、と感じます。


私は恥ずかしいことに、最初から最後までちゃんと歌えるベンガル語の歌がろくにありません。童謡でさえも。今日は何曲ものタゴールの歌、それも深い哲学的な詩をもつ歌の数々を、気持ちよさそうに歌っていらっしゃるミセスKを見てとても羨ましく思いました。


私は以前インドのデリーに住んでいた頃は、近所の子どもたちに交じってインドの歌を習いにいったりしていたこともあるのですが、インドの歌のレッスンには楽譜がないことにまず面くらい、かなりご年配の女性の先生の気まぐれな教え方にもリズムが合わず、そのうち他のことに忙しくなって足が遠のいてしまいました。普段の練習は無伴奏でしたが、ほんの1、2回だけ、タブラーの伴奏でほかの子どもたちといっしょに歌ったことがあって、その気持ちよさはなんともいえないものでした。


ミセスKが通っていらした音楽学校は我が家から目と鼻の先にある女子カレッジの隣にあるそうで、金曜・土曜もクラスをやっていると聞いて、ちょっと心が動いています。この女子カレッジからはベンガル新年の日に学生たちのタゴールソングの歌声がずっと聞こえてきて、私はそれを独り自宅の窓を開けて聴いていたのでした(あとで聞いたらミセスKも「あの時私もあの中で歌ってたのよ~」とのこと)。タゴールソングは大勢の人が声をそろえて歌うと、大地から歌が湧いてくるように聴こえて感動的です。あの中に入って歌ったら気持ちいいいんだろうなあ...と思います。


あと1年あるんだから、ちょっとはベンガルの芸術に触れてみるのもいいなあ。でもやるならちゃんとやらないと中途半端な生徒じゃ先生も迷惑だろうし、休みの日はひっくり返って遅くまで寝てるような私じゃ無理かしら...。

現実は歌うどころか7月からの咳とカスカス声がまだ治らない私。コンサート会場で出会った知人・友人たちとお喋りしていたらますます声が出なくなってしまいました。ちゃんと続けて薬を飲まないからいけないんだ、タゴールソングに憧れる前にまずは喉の治療だ、と思ってコンサート会場からラーマン先生の病院に直行したのでした。


(ダッカ駐在員 藤岡恵美子)

昨日の夕方4時から7時まで外出禁止令が一時解除されたのに続き、金曜日の今日も朝8時から夜10時まで解除されました。おかげでスタディツアーの一行は問題なく空港に向かえることになり、ひと安心。

しかし、ネットでは、ダッカ大学の教員2名(ひとりは学部長)が拘留されたというニュースも流れており、明日以降どうなるかまだ楽観できません。


私の家では朝から停電でもないのにケーブルテレビが全然つながらず、何も見られません。停電がらみのよくあるトラブル(普通数十分から1時間で元に戻る)かと思って待っていたのですが、いつになっても画面は砂嵐状態のまま。幸い携帯電話はつながっているので、外との連絡やネットを見るのも問題ないんですが、こういうときにテレビニュースが見られないのはこれまた困ります。小嶋駐在員やダッカ事務所のスタッフと連絡をとると、他の地域ではテレビが映っているようで、これはうちが加入しているケーブルTVだけの技術的な問題なんだと思いますが...。早く直してもらわないと困りますね。.

ただし、テレビが映っていてもTVニュースはかなり規制がかかっており、政府からの通達以外、外出禁止令の間の各地の様子などはほとんど報道されていないようです(昨夜もそうでした)。昨日比較的そのあたり自由な報道がされていたのはFMラジオ局のニュースで、ある局の午後のニュースでは、外出禁止令中でも各都市でかなりの人々が身分証明書を持参してオフィスや学校へ行ったこと、しかし行く途中で軍や警察に追い返されたり、暴力を振るわれた人がいたことなどを人々の声もまじえて伝えていました。

新聞やネット媒体は今回の報道規制の対象から外された、というニュースのテロップが昨日の夕方Daily Starのインターネット版には流れていましたが、本当に100%自由に報道できる状況にあるのかどうか。

昨日の夕方、外出禁止令が解除された3時間の間に食糧を調達しておこう、と、私も近所のスーパーへ行ったのですが、その混みようはすごいものでした。レジに並ぶ人は長蛇の列になり、買い物カゴも足りなくなるし、店内を移動するのもひと苦労。レジ前では、「ちょっと割り込まないでよ」「違うのよ私はここに並んでたんだけど、ちょっと卵だけとりにいったのよ」「ぼくは割り込もうとしてるんじゃないよ、空いたカゴが出るのをまってるんだ」といったやりとりが展開され、それでも皆辛抱強く並んでいました。


新聞によると、地方から出てきて足止めを食っていた人たちは、この時間の間になんとか汽車に乗って帰ろうと駅に殺到したようです。結局慌てなくても、今日また1日外出禁止令は解除になったわけですが。

外出禁止令が本格的に解除されるのはいつになるのか、来週普通に仕事ができるのか、まだ全然わかりません。


追記: 正午ごろからうちのTVは復活し、ニュースも見られるようになりました。しかし、ほんとにほとんどニュースらしいニュースはないんですよね。どの局も画面の下に「本日夜10時まで外出禁止令が解除された。しかし、10時以降は次の通達があるまで再び外出禁止となる」というベンガル語のテロップが流れているだけ。これ、滞在中の外国人で全然ベンガル語がわからない人は困るだろうなあ...。


(ダッカ駐在員 藤岡恵美子)