前田実佳

前田実佳

「タイプ別らくらく学習習慣メソッド考案」先生

「“もしも”を抱えて生きてきたわたしだから、伝えたい」

子どももママもパパも、笑える未来をメソッドでつくりたい

子どもたちを観察して

分析するために

5つのポイントが重要だと

気がつきました。

分析していくと

大きく4つのタイプが

見えてきたんです。

好きなことに1点集中の

学者さんタイプ

こだわりの職人気質

完璧主義さんタイプ

楽しいことだけやっていたい

面倒くさがりさんタイプ

新しいことの理解に時間がかかる

わからん!さんタイプ

この4つのタイプを見分けるために、

「5つの質問」をすることが

効果的だと気が付きました。

今では、

初回面談で必ず訊く

5つの質問になっています。

もちろん、

サポート対象が中学・高校生

思春期、反抗期のど真ん中。

何を聞いても

「知らん」

「わからん」

って答えられることも

数えきれないほど

ありました。

だから、

質問の代わりに

チェックするポイントも探しました。

今では、

子どもたち一人ひとりの学習タイプを分析し、

それに合わせた声かけやサポートを行っています。

でも──

私の教育は、

メソッドだけではありません。

子どもたちを見つめ、

得意・不得意を感じ取り、

全力で寄り添うこと。

心からほめて、

一緒に成長を喜ぶこと。

それが、私の教育の「根っこ」なのです。

子どもたちと向き合って指導をして、

ママやパパと面談をして

強く感じることがあります。

それは──

本当は

誰よりも子どもの成長を喜んで、

一緒にお祝いしたいはずの

ママやパパたちが──

「子どものために」と叱ってばかりなのは、

とても悲しいということ──

もしもわたしが、

もっとお手伝いのできるお姉ちゃんだったら。

もしもわたしが

もっと勉強をがんばれる子だったら。

もしもわたしが

もっと運動ができる子だったら。

もしもわたしが

もっと成績が良かったら。

もしもわたしが

もっと優秀だったら。

もしもわたしが

もっといい会社に就職できていたら。

もしもわたしが、

仕事をしながら

もっと家族のサポートができていたら。

もしも──

もしも──

わたしは、

たくさんの「もしも」と

長い間、一緒に過ごしてきました。

今も、時々頭をよぎります。

そして、

その答えはいつも同じです。

「もっと両親に、愛してもらえていただろう」

でも──

本当にそうなんでしょうか。

這えば立て、立てば歩めの親心、

なんて言葉もあるくらいです。

きっと、

親が子どもに求める成長には、

終わりがないのかもしれない。

だからこそ、わたしは思う。

たしかに──

「いいところだけ見ていたら、

子育てなんてできない。」

「悪いところを正すのが親の務めだ。」

そんな声もあります。

そして、それは

確かに正しいものです。

それでも、私は信じています。

本当は──

子どもの成長を誰よりも喜びたい。

一緒に笑い合いたい。

そんな願いを、

ママやパパたちは持っていることを。

だからわたしは、

このメソッドを通して、

子どもたちだけでなく、

ママやパパたちも

一緒にハッピーになれる未来を

作りたいと思っています。

学校の勉強に遅れることなく、

部活も趣味も全力で楽しみながら、

「普通」だけど「キラキラした」毎日を

子どもたちに送ってほしい。

そして、

そのそばで、

ママやパパも一緒に笑っていてほしい。

そんな未来を、

わたしは本気で信じています。

これから、

このメソッドについて、

そしてママ・パパたちを支えるサポートについて、

もっとお伝えしていきたいと思っています。

今後も、どうぞよろしくお願いします。

本日も読んでくださり、ありがとうございました。

 

日々の投稿をFacebookで行っています。

良ければ見に来てくださいね~

 

 

 

「否定しない関わり方が、子どもたちを動かしはじめた──」

もしも、あの頃のわたしが

認められていたならと思いながら

ノートの違いや

宿題への取り組みの違いなど

子どもたち一人ひとりに

適切なアプローチがある、

そう気が付いてから

生徒の性格や

得意不得意に合わせて、

対応を変えることを意識し始めました。

たとえば、宿題をしない子に対しても、

(もしかしたら、そもそもできないのかもしれない)

そんな目線を持つことは忘れませんでした。

遊びやゲームに夢中になっている子には、

「10分だけ宿題をやってみよう」と

小さな提案をするようになりました。

確かに、

宿題に取り組み、

成績が上がる生徒は増えました。

ママやパパからも

「うちの子、ちょっとはやる気が出てきて」

「先生のおかげです」

なんて、

感謝の言葉をいただくことも増えました。

でも──

わたしには、

どうしても拭いきれない

想いがありました。

「宿題をやらせている」

「勉強を強いている」

そんな感覚が、胸の奥に残っていたんです。

もしも──

高校時代のわたしが、

得意だった英語をもっと褒められ、

自信をもって自ら学べていたら──

きっと、何かが変わっていたかもしれない。

同じように、

子どもたちにも

「自ら進んで勉強する」力を育てたい。

そう強く思いました。

そこからわたしは、

生徒たちを観察し続けました。

もしかしたら、

にらみつけるくらい一生懸命に。

そして、少しずつ

見つけることができたんです。

生徒たちには、

いくつかの特徴があることに。

その特徴に合わせて──

授業前の会話、

解説の時に気を付けること、

練習問題の量、

宿題の出し方、

宿題の取り組み方のアドバイス、

ほめ方、

声かけのタイミングや伝え方を、

少しずつ変えてみました。

すると、生徒たちは、

「自分の目標のために勉強する」

そんな動きを見せ始めたんです。

生徒ごとに特に違ったのは

認めてほしいところ

でした。

きれいなノートを書くことに

力を入れている子に

「ノートまとめより

大事なことがある」

というのではなくて

「時間をかけた

ステキなきれいなノート!

どうやって活用するか

考えよう!」

と一人ひとりの

認めてほしいところに寄り添って

アプローチする必要がありました。

この違いをもっと明確に捉えるために、

生徒たちが

「何を認めてほしいのか」

をスムーズに知るために

5つのポイントを見るのが

効果的だと

見つけました。

5つの項目を

ていねいに見ていくことで、

その子のタイプや考え方を分析しました。

そこから、

一人ひとりに合ったサポートを

届けられるようになりました。

子どもたちには、

子どもたちの想いがあります。

たとえ未熟でも、頼りなく見えても、

その芽を否定してはいけない──

わたしのサポートの

大事な根っこになっていきました。

思い返すと、

小さい頃、

炊き込みご飯を手伝ったあの日。

初めて持った包丁で切った具材を、

「きれいじゃない」と否定されたあの日。

もしあのとき、

がんばりを認めてもらえていたら──

料理の楽しさを知り、

違う未来が広がっていたかもしれない。

だからこそ、わたしは今──

子どもたちの「今」を、

精一杯受け止めたいんです。

そして、

夢に向かって最初の一歩を踏み出せるように、

全力で支えたいと、

心から思っています。

「理解する」ことから、

すべてが始まります。

子どもたちが、自ら輝く未来を

信じて。

わたしは、今日も、

問いかけと対話を続けています──。

読んでくれてありがとうございます。

続きはまた明日

書いていきます。

“ノートの違い”に気づいたとき、世界が少し変わった

褒めるための観察が

育てるための観察に──

個別指導塾の講師、

教室長、家庭教師──

約20年、

わたしは教育業界のなかで、

さまざまな立場を経験してきました。

その中で、

一度にもっとも多くの生徒たちと出会ったのは

個別指導塾の教室長だったとき。

150名の生徒と、

20名の講師たち。

毎日が、

まるで小さな社会のようでした。

たくさんの生徒たちを見て、

私はどうしても気になることがありました。

「まじめに努力しているのに

成績が伸びない子」

「そこまで努力しているように見えないのに

成績が上がる子」

何が違うんだろう。

注意深く観察して、

私はひとつの違いに気づきました。

それは──ノートでした。

努力している子たちのノートは、

一見、とてもきれいでした。

でも、

何がどこに書いてあるか、

本人たちも整理できていないことが

多かったんです。

ノートにきれいに書くこと

そこに注力している子が

少なくありませんでした。

一方で、

成績が伸びる子たちのノートは違いました。

たとえ字が雑でも、

教科が混ざることも、

途中式が迷子になることもありません。

本人が、

「どこに何があるか」を

きちんと把握できていました。

小さな発見に手応えを感じながら、

わたしはさらに、

生徒たちを観察し続けました。

(ノートだけじゃないはず。)

(もっと違うところにも、

何かヒントがあるかもしれない。)

そう思ったんです。

そして、

小さなことだけれど、

「宿題をやらない」と見えていた子たちの中にも

違いがあることに気づきました。

ひとつは、

「わからないからできない子」

もうひとつは、

「ゲームや遊び、部活に時間を割いてしまい、

できない子」

同じ「できない」に見えても、

背景はまったく違うと

はっきりわかったんです。

同じアプローチで良いわけがない!

同じ教科の

同じ単元を教えるときでも

きっと、

一人ひとりに合った、

適切なサポートがある──

わたしは、

そう信じるようになりました。

この発見が、

後にわたしの「メソッド」の

基盤になっていきました──。

読んでくれてありがとうございます。

続きはまた明日

書いていきます。

“当たり前”を疑ったとき、わたしは“教える”を選び直した

本当に子どもたちに伝えたい未来を見つけた瞬間

就職すると決めたものの

氷河期だったあのころ

就職活動はスムーズとはいえませんでした。

何度

不採用の文字を見たことでしょう。。。

何度

母のため息を聞いたことでしょう。。。

でも、子どものころよりも

受け流せていたのは

本当にやりたいことを

見つけていたからかもしれません。

ようやく採用された物流の会社。

お決まりのような

「物流なんて。。。」

という母の言葉を聞きながら

わたしは社会人として

歩み始めました。

就職してからは、

社会の厳しさを、

骨身にしみて知らされました。

学生時代のお金を払って学ぶ世界とは

全く違う、

お金をもらいながら、

自ら動き、責任を果たす世界。

厳しかったけれど、

確かに学びが多い場所でした。

でも、

家族の中で刷り込まれた「自己犠牲」は、

社会に出ても変わりませんでした。

両親からは、

「弟や妹にお金がかかるから、

一生懸命働いて家にお金を入れなさい」

と言われ続けました。

しっかりと働き、

家計を支え、

両親を支えることが「当たり前」。

そんな無言の圧力に、

ずっと押しつぶされそうでした。

だから、

終わらない仕事は残業して当然。

忙しいと分かっていれば、

早朝から出勤するのも当然。

プライベートよりも、

仕事を優先するのが当然。

そんな日々を、

私は疑いもせずに過ごしていました。

お給料という対価がもらえることだけが、

唯一の救いでした。

入社して約1年後──

新しい社員が入ってきました。

彼女は、

仕事が残っていても残業せずに退社。

繁忙期でも、遠慮なく有休。

最初は、

「そんなのでいいの?」と

驚きました。

でも、

なぜか

彼女の働き方に

口出しできなかったんです。

むしろ、

彼女の生き方に、

何か大事なものがある気がしたんです。

──私のほうが、間違っているのかもしれない。

そう思い始めたとき、

心の奥にずっと沈んでいた願いが

ふっと浮かび上がるのを感じました。

「子どもたちの未来を輝かせたい」

私が心から望んでいた未来。

でも、

自己犠牲をして働くことを

子どもたちに教えたいわけじゃない。

そんな働き方を、

「当たり前」として押し付けたくない。

──私は、間違っていた。

そう、はっきり確信しました。

同時に、新人教育に関わるうちに、

「教える」ことの楽しさと、やりがいを

覚えていたと気づきました。

やっぱり、私は──

人に教えることがしたい。

子どもたちと関わりたい。

その想いは、

消えるどころか、

ますます強くなったのです。

こうして私は、

もう一度「教育」と深く関わる道へ。

この日から、約20年──

教育業界以外に身を置くこともありました。

でも、

どんな仕事をしても、

「教育」との縁は、

私の人生から切れることはありませんでした。

読んでくれてありがとうございます。

続きはまた明日

書いていきます。

心ない言葉より、
生徒たちの『先生がいい』が私を支えてくれました
 

個別指導教室でのアルバイトは、
想像以上に難しいものでした。
 

自分ではわかることも、
うまく伝えられず、
 

目の前にいるのに
生徒の反応もつかめませんでした
 

何をすればいいのか、
手探りさえもできないような
未来の見えない毎日から始まりました。
 

 

特に、
塾の方針だった「褒める」ということ。
 

私には本当に難しくて
帰り道の電車で
 

涙をこらえる日も
一度や二度ではありません。
 

ほめられた経験が少なかった私は、
どうほめていいか
わからなかったんです。
 

「いいね」
「すごいね」
「正解しているよ」
 

うわべだけの言葉しか
出せずにいました。
 

 

悩みすぎた私は、
自分の部屋中のものを
褒める練習を始めました。
 

扇風機に、
引き出しに、
ワープロに。
 

目の前にあるものの
ステキなところや
 

役に立っているところを
見つけ出して、
口に出して言っていました。
 

 

「頭がおかしくなった」
弟や妹には白い目で見られたけど、
必死だったんです。
 

教室でも
生徒たちをもっとよく
観察するようになりました。
 

ぎこちなかったかもしれないけれど
 

「いいね」
「すごいね」
「正解だよ」だけではない、
 

いろいろな言葉で
褒められるようになってきました。
 

 

褒め方のバリエーションが増えてきたと
実感するのに比例して
 

「先生の授業を受けたい」
 

と塾長にリクエストしてくれる生徒が
少しずつ増えていきました。
 

 

シフト希望を出せば、
全部授業を埋めてもらえるほど。
 

教室から「必要とされている」と
感じることができて、
 

塾でのアルバイトが
大きな「生きがい」になっていきました。
 

 

本当は興味があった海外留学さえ、
色あせて見えるほど──
 

教育業界は、私にとって
心から楽しいと感じる場所になっていきました。
 

 

それでも、両親の目は
冷ややかでした。
 

「あなたじゃなく、弟が先生になったほうが生徒は喜ぶ」
「あなたが勉強を教えているなんてありえない」
 

何度も、何度も
言われました。
 

 

それでも私は、
少しずつ、手ごたえを感じていました。
 

それでも心のどこかに
引っかかるものがありました。
 

「このまま教育業界に入って、
本当に子どもたちの未来を輝かせられるのだろうか──?」
 

 

迷いながら、
私は決断しました。
 

一度、教育業界を離れよう。
もっと広い世界を知るために、
 

一度、一般企業で働いてみよう。
社会に出て、
いろいろな経験をして。
 

 

それでもきっと、
私はまた「教育」の世界に戻ってくる。
 

そんな、
予感のようなものを抱えながら──。
 

読んでくれてありがとうございます。
続きはまた明日
書いていきます。

子どもたちには、愛される学びを実感してほしい。

決して譲れない想い──

短大に入ってから、

わたしは初めて、

学ぶことの楽しさを心から感じました。

専門的だけれど興味深い

英語の専門的な授業

日常的な談笑や

時事問題のディベートなどの

外国人教師との会話──

好きなことに夢中になれる時間が、

確かにありました。

クラスメイトからも一目置かれ、

少しずつ、自信も生まれていきました。

でも、

両親からのプレッシャーは

なにも変わりませんでした。

「資格を取れ」

「早く就職先を決めろ」

「短大で楽しんでいるだけなんて

弟や妹のお手本になれない」

アルバイトで得たお金も、

自由に使えず、

弟妹のお小遣いにまわされることも。

(このまま短大を卒業して

就職するのかな・・・)

(両親の言う通り、「良い会社」に

入るための就活をするのか・・・)

なんとなく

もやもやと考えていた

短大2年生の春の日──

見ていたドラマの中で、

女性俳優の声が、

心に矢のように飛び込んできました。

「いつの時代も

子どもたちの未来は

輝いていなければならない」

まっすぐで、あたたかいその言葉。

胸の奥に、深く深く、響きました。

その瞬間、

雷に打たれたように

「先生になりたい」

そう思ったんです。

今思えば──

あの言葉を聞いて

最初に思い出したのは

小さなころ、

炊き込みご飯を作った日の

記憶だったような気がします。

本当は、

親や家族にほめてもらいながら、

新しいことを学びたかった。

認めてもらいながら、

「できたね」って笑い合いながら、

成長したかった。

わたしにとって、

子どもたちがいるべき

「明るい未来」とは、

周りの人に愛され、

認められていることを実感しながら

安心して育っていける場所──

そんな世界です。

だからこそ、

「教育業界で働きたい」という願いは、

わたしにとって揺るがないものでした。

でも、両親の反応は冷たかった。

「あなたには無理」

「恥ずかしいからやめなさい」

全否定でした。

それでも

どんな言葉を投げかけられても

わたしはどうしても譲れませんでした。

怒られ、責められながら、

塾講師のアルバイト面接を受けました。

さらに、

教員免許を取るために

4年制大学への編入学を目指すことを決めました。

ポテンシャルを信じて

採用してくれた塾長との出会いのおかげで、

教育業界に踏み出せました。

この一歩がなければ

今のわたしはいなかったかもしれません。

こうして私は、

「教育」という世界への扉を──

静かに、

でも確かに開いたのです。

読んでくれてありがとうございます。

続きはまた明日

書いていきます。

「“褒めてもらえなかった英語”が、私の一歩をくれた」

努力の形と、”お姉ちゃん”の最初の大きな反抗

第一志望の学校ではなかったけれど、

高校生活は「なんとなく」楽しいものでした。

クラスメイトからハブられることもなく、

部活では、同級生や先輩たちと

とてもいい関係を築けました。

心から笑い合える時間が、

ようやく少しずつ増えていきました。

でも──

家に帰れば、

両親の期待とプレッシャーが待っていた。

「高校入試はうまくいかなかったんだから、

大学入試で挽回しなさい」

「英語ができても、高校受験は失敗したよね」

毎日のように

顔を見るたびに

投げかけられた言葉。

得意だった英語でさえ、

心から誇れるものではなくなっていきました。

そして、

さらに追い打ちをかけたのは、

弟の存在でした。

弟は、

進学塾で最難関コースに選抜され、

東大進学率No.1の私立高校受験を

推薦されるほどの成績でした。

弟は

勉強が好きで

勉強を始めたらごはんの時間を

忘れるようなタイプでした。

テレビやスポーツが嫌いではないですが

勉強のほうが楽しい

だから時間をかけて取り組んでいました。

一方わたしは

好きな教科はあるけれど

苦手な教科も多かったんです。

それに、勉強よりも

読書が大好きでした。

ミステリーを

寝るのを忘れて読んでしまい

次の日の授業は目をこすりながら

ということも少なくありませんでした。

テスト前を中心に

勉強していたものの

苦手教科の成績は

なかなか伸びていきませんでした

当然

成績が上がるのは弟のほう。

しっかり結果に表れて

両親の自慢の弟になっていきました。

特に母は

目をキラキラさせて

喜んでいました。

「弟はがんばっているから」

「弟はちゃんと努力しているから」

「お姉ちゃんとは違う」

日常的に

当たり前のように

笑いながら言っていました。

私は──

「がんばれない人」

そんなレッテルを

静かに貼られていく感覚でした。

本当は、

好きなことを続けるのも立派ながんばりだし、

苦手なことに挑戦するのも、

すごい努力なのに。

今の私なら、

あのときの私に

そっと言ってあげたいです。

「苦手なことに向き合うのって、

本当に大変で、すごいことだよ」って。

高校3年生、

大学入試に向けて

自分なりに努力を重ねたつもりでした。

でも、

大学受験もうまくはいきませんでした。

だけど、

親の言う通りに生きるのは

もう嫌だと、心が叫んでいました。

英語をもっと学びたくて、

わたしは自分の意志で、

私立の短大への進学を選んだのです。

高校3年生の寒い冬の日、

小さな一歩だったけれど、

わたしはたしかに──

自分の未来を

自分で取り戻しはじめていたのかもしれません──。

読んでくれてありがとうございます。

続きはまた明日

書いていきます。

年齢を重ねるごとに、
 「お姉ちゃんだから」という言葉は
 どんどん重たくなっていきました。

お手伝いも、
弟妹の世話も、
自分がやるのが当たり前。

「ありがとう」なんてだれも
言ってくれませんでした。


怒られるのも、
いつも"3人分"。

テストの成績も良くて当然、
さらに、夜遅くまで勉強して

がんばっている姿を
見せることも役目だと言われていました


親に反抗することは許されず、
反抗したら
手を上げられる怖さもありました。

友だちから
「親の言いなりになりすぎだよ」と言われても、
どうしていいかわかりませんでした。

心のどこかで、
「これが普通」だと
信じていたかったんです。


親からの期待は、
強くなっていくばかりでした。

高校受験が近づいてくると

母から
「S高校を目指しなさい」
と言われました。


S高校は地域で1番レベルの高い
公立高校でした。

母のママ友の子どもが
地域で2番目の高校に入り
わたしを「友だちより上に」進ませたい。

そんな暗黙のプレッシャーが、
常にのしかかってきました。


さらに
小学校・中学校時代、
​​
私はあまり人間関係がうまくいかず、
今でいう「ハブられている人」でした。


母に
「学校が嫌だ」と伝えるたびに

「お姉ちゃんがいじめられているなんて、
弟妹がかわいそうだ」
と言われていました。


くわえて受験期には
「見返してやれるような高校に行きなさい」
と、さらに期待を重ねていました。


中学3年生の最後、
私は、S高校に
あと一歩で手が届きそうなところにいました。

第一志望の高校──
ギリギリ、
がんばれば届くかもしれない位置。


でも、
母は許してくれませんでした。

「お姉ちゃんが公立に不合格で
私立に行ったら、
弟や妹に使うお金が減る。
そんなことも考えられないのか」

そう言って、
無理な挑戦は許されず、
ワンランク下の高校を受験させられました。


受験が終わったあと、
母が言った言葉を、今も覚えている。


「結局あの人のところのお姉ちゃんと同じ程度か。
 あっちは塾代もかかっていないんだから、うちのほうが下だ」


「合格おめでとう」でも
「よくがんばったね」でもない、
母の憎々しげな声。

心が、
静かに、
すり減っていくのを感じました。


親の期待に応えなければいけない。
でも、本当は苦しかった。

そんな想いを抱えたまま、
私は、高校生活へと踏み出していきました──。

読んでくれてありがとうございます。
続きはまた明日
書いていきます。

改めまして、はじめまして。

とても久しぶりの投稿です。

わたしのことを
知っていただければ嬉しいなぁ、と思い

自己紹介をかねて、わたしが教育業界に
身を置くことになった経緯などについて
何回かに分けてお伝えしていきます!


小さいころ、
父と笑い合う時間もあって、
家の中に安心を感じていました。

父は工場勤務で、
しつけにはとてもきびしい人でした。

残業も多く、
家にいる時間はそう多くなかったけれど、
どこかほこらしく、大きな存在でした。


そんな父は、
8人兄弟の末っ子として育ったからか、


「兄・姉が、他の家族を支えるのが当然」
という思いを強く持っていました。

だから、長女であるわたしにも、
自己犠牲に近い役割を
求めていた気がします。


母は、
ほぼワンオペで
兄弟3人の子育てをしていました。

外では、
明るくて優しいお母さん。

けれど、家の中では、
 感情的に怒ることも少なくありませんでした。


「あなたが私より幸せだったり、
楽しそうだったりするのはイヤだ」

私が大人になってから、
母がふと口にしたその言葉は
母の本音をよく表しているように思います。

「人より劣りたくない。
人より楽に、いい生活を送りたい」
という想いを、心の奥底に抱えた人でした。


父は、
どんなときも母を大事にしていました。

たとえ、
母が子どもたちにきつい言葉を投げつけても、
子どもをかばうことはありません。

いつも、母の味方でした。
少しゆがんだ、
けれど深い愛の形だったようにも思います。


弟や妹が生まれてからは、
わたしは「いい子」であることを
求められて育ちました。

わがままは言わない。
弟妹を優先する。
お姉ちゃんだから、がまんする。

そんな日々が増えていきました。


ある日、母が初めて、
包丁を持たせてくれました
炊き込みご飯の具を切るお手伝いでした。

おままごとが大好きで
折り紙で包丁を作り、
野菜を切るまねをするのが好きでした。


だから、
初めて本物の包丁を手にしたときは、


怖さもあったけれど、
本当に嬉しかったんです。

「本物の料理ができる」喜びで、
少し長い母のエプロンが
ほこらしかったんです。


お夕飯時、
最初にほおばったのは
もちろん炊き込みご飯。

「今までで一番おいしい!!」
と、口にするより前に
母が言いました。


「大きくてきれいじゃないニンジンは
お姉ちゃんが切ったんだよ。
きれいなのは、お母さんが切ったのよ」

弟も、妹も、父さえも


「お母さんの切ったのがあるからおいしいね」
「お姉ちゃんが切ったのは食べたくない」

と口々に言いながらお夕飯が進みました。

その瞬間、
 なんとなく、おはしが進まなくなりました。

あんなに楽しかったはずのお料理。

その日から
 私は「お料理手伝いたい」と
 母に言うことはありませんでした。


小さな心に刻まれたのは、
「じぶんの喜びより、
両親の期待に応えることが大事」
そんな感覚だった気がします。


中学生になるころ──
さらに強く「お姉ちゃんでなければならない」
そんな日々を歩みはじめることに。。。


読んでくれてありがとうございます。
続きはまた明日
書いていきます。

こんにちは。

ほほ笑み そえる かすみそう です。

 

先日、「まなぶてらす」という、オンライン家庭教師を始めた、

というブログを書かせていただきました。

 

そちらで

「日々のスケジュール管理」について、講師ブログを書いています。

 

・プロ野球選手になりたい

・小児科のお医者さんになりたい

・仮面ライダーになりたい

 

小さなお子様から、高校生、大学生までいろいろな年齢の

子どもたちと接して、たくさんの夢や希望を伺いました。

 

それをぜひ、形にしてほしい。

 

そんな気持ちを込めて、生徒さんたちに使っていただいてきた

「スケジューリング」の考え方です。

 

ぜひ、まなぶてらすの講師ブログからご覧ください。

 

1) 目指す目標を設定

 目指す目標を設定しよう!

 

2) 笑顔になれる目標設定

 目標をたてるときに気を付けること

 

3) 絵にかいた餅を本物の餅に!

 目標の具体化

 

4) 目標を達成するために

 具体的な行動設定

 

5) 日々のスケジューリング

 日々の活動内容 

 

こんな流れで記事を書いています。

 

ちょっと長いですが、参考になればうれしいです。

 

コロナウィルスの影響で、出てきた「9月始業案」は

見送られましたね。

 

というわけで、今年度の受験は1月、2月、3月で

ほぼ決まりです。

 

ここからをどう過ごし、どのように目標を達成していくかの

参考になりますことを願っています。