しかし、最近の祭りを見渡すと、おまつりするものが存在しないお祭りばかり。
『お祭り騒ぎ』という言葉があります。
まるで、その雰囲気がお祭りのようだ、というだけで、いつしかお祭りに騒ぎ方が似てる、というだけでそれが堂々と『祭り』を名乗るようになりました。
『体育祭』しかり『文化祭』しかり『産業祭』しかり。
『○○町商工会産業祭り』のどこに信仰心がありますか。
これらは、全て『発表会』であり『祭り』ではない。
『祭り』は本来、感謝からできています。
秋の祭りは、大いなる存在に対し、その年の収穫を報告し、いただいた恵みを捧げ、感謝を申し上げる。
最後に、来年もよろしくお願いします、と祈る。
報恩感謝のあと、ついでに祈願があるべきです。
ついでに、です。
ところが、かろうじて現在に於いても『祭り』の体裁を保って各地で奉行されている祭祀も、先に個人の欲望を満たす祈願ばかり殺到してしまって、最も肝心な報恩感謝の精神が見えづらい。
もし、あなたが真の仏教徒を自覚するなら
『佛の智慧をいただきたい』
以外の願いをかけてはならない。
諸佛世尊は、衆生に佛の智慧と見方を示し、そして悟らせ、佛に続く道に入らせることを願って、この世に出現なさった存在です。
その諸佛世尊に、
『素敵な彼氏ができますように』
『大金持ちになれますように』
『ムスコがいい学校に入れますように』
なんて祈願を入れるのはナンセンスです。
この世の真理法則を覚った佛の智慧をいただいたのなら、あなたの望むパートナーなんて向こうからやってくるだろうし、金持ちになる方法くらい簡単だし、どんな学校の入学試験にも合格できるでしょうよ。
そんな『佛の智慧をいただきたい』と努力、修行する者を『菩薩』といいます。
お寺に来て、それ以外の願しか掛けていない人は、残念ながら、まだホンモノの佛の弟子ではない。
おそらくその方は、自分の願を叶えてくれる神様なら誰だっていいと思ってます。
いや、それが神様ならまだしも、モノでも、要するに何だっていいんです。
自分の願望を満たしてくれる存在の言うことなら何でも聞くというフラフラした態度なら、それがいつしか間違った方向に向かったとしてもわからないし、それを元に戻そうとの努力もない。
常に、自分の言動は人々を幸せにしているのか、自分の言動で傷つけられている人がいないか、確認しながら生きていく姿勢が大事で、それを『修行』と呼びます。
『修行』と言っても、別に水をかぶったり、お経を読んだりするだけではない。
あなたの生活の全て、佛の願いに適っているのかを確認しながら生きていくことが修行です。
そんな真の佛道修行者を守護するとの誓いを立てた鬼子母神ならびに最上位經王大善神様のお祭り。
あなたが神々に述べるべき言葉は、もちろん
『宝くじが当たりますように』
の類の言葉ではなく、
『いつも守ってくださり、ありがとうございます』
に尽きるわけです。
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