ゲルマン民族の大移動 | ヘビィ・SMD!

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そんな・・・バナナ!!
1. 甘え度+10 恐れ度+10 寿命-1週間
2. 甘え度+10 恐れ度-10
3. 甘え度-10 恐れ度-10 寿命+1週間

いや、大移動といっても人数は私一人だし。
移動距離だってせいぜい400kmだし。
というか、ゲルマン民族じゃねーし。

というわけで皆様どうもお久しぶりです。
ピーマン大王です。

音沙汰がなかったことは大目に見てください。
いろいろあったんです。

少なくともこの記事を書いている以上、私はいま生きています。

高校卒業後、親元を離れて大学~社会人と過ごしてきたわけですが、
このたび実家に戻ることにしました私。

東京のアパートを引き払い、実家へ戻るその道中、私はね、単車で帰ったんですよ。

単車の輸送ってね、意外とお金がかかるものなんですよ。
昔、社会人になる際に引越し資金は会社が負担してくれるってんでね、何でもかんでも送ったわけですよ。
その中に当時使っていたリトルカブ(原付)もあってね。
原付だけ単体で輸送業者にお願いしたんですわ。お値段はたしか3万ほど。
当時の私は「会社負担だし、いっか!」てなもんですよ。

それが今回どうですか。
FTR223ですよ。中型ですよ。おっきくなっちゃったわけですよ。
見積もりもろくにとらずに直感が走りましたね。
「たけーだろうよ。」とね。

であれば手段はひとつです。
乗 っ て 帰 る
これが夏場だったらイージーモードだったんですが、あいにくの1月ですよ。
場合によっては雪が降るかもしれない。
もしそうなったら地獄だ。
どうする、それでも行くか?
私は自問自答しました。が、答えははじめから決まっていたんです。
「まあ、走りたくなくなれば止まればいいや。動けなくなったら泊まればいいや。」と。

1/23(金)
14時に退去手続きを30分ほどで済ませ、15時からいざ東京を発ったわけです。
装備は
上半身が、ヒートテックシャツ/カットシャツ/ライダースジャケット/青島ジャケット/手袋
下半身が、靴下2足/ももひき/デニム/寝巻き用スウェット
東京~埼玉間は、気温的には全く問題がなかった。何なら少し暑いくらいだった。
ただ、当日は雨雪はないものの、風がとてつもなく強かった。
どれくらい強いかというと、全盛期のTMR西川さんに吹き付ける風くらい強かった。
日が傾き、宇都宮に入る頃に私は歯をガチガチさせていた。
積もりはしないものの、ちらつく雪がそこにはあった。
時間は17時過ぎ。出発してから一度も休憩はとっていなかった。
さすがに寒くなってきたし疲れたから宇都宮で一泊。と東京を出たときには思っていたんだけど、人間の欲というのは深いもので、あと50km、あと100kmは稼ぎたい。
そんな心理状態になっていたんだ。
寒さをしのぐため、コンビニで10分程度の小休止+手袋を追加し、那須まで北上することに成功。
19時頃、国道沿いのビジネスホテルにチェックインをした。
適当に入ったホテルだったけど、温泉がひかれており、私は風呂場で昇天しかけました。2つの意味で。

1/24(土)
前日早くに寝てしまったため、5時半には起床してしまっていた。おじいちゃんですね。
入ってくる朝日に胸が高鳴ったのを覚えている。
7時半にチェックアウトし、北上を続けた。
朝の冷え込みを心配したが、日が出ていれば気にならない程度には暖かかった。
3時間ほど走った頃、空腹に気付く。
そういえばまだ何も食べていなかった。
目に留まったのはカレーのココイチ。すでに福島だ。
が、開店時間が11時。そのとき10時半。
隣に神コンビニのミニストップがあったので、入るよねライダーなら。
なんたってミニストップはいすと机がある神コンビニなんだから。
あったかいんだからぁ
ゴールまでのブーストにホッカイロを買い、後は走り慣れた福島ー宮城を爽快に爆走した(左車線をゆったりと)。

家に到着したのは13時頃。
疲れは殆ど存在しなかったことに驚いた。
雨や雪が降らず、二日とも晴れていてくれたのが一番の救いだった。

やっぱり、日ごろからいいことをしている人間にはいいことがおこるんだなあ←

ありがとう、FTR。



その数日後、モーレツに降る雪の中単車を出したら
坂道を登ることができず国道の交差点で立ち往生する私の姿がそこにあった。


そして。
ただいま、仙台。(仙台市民ではない)