どうも。
「エウレカのREGで初期5pt獲得に成功しました」
でお馴染みの
s
m
d
です。(s^m^)d
去年も書いたな。
阪神淡路大震災について。
たしか、嵐の桜井君がドキュメンタリードラマをやってて、
それを見ながらコソコソと日記を書いたのを覚えている。
当時小学5年生だった僕は、
前日(1/16)に須磨の水族館に行ったわけだが
まさか次の日に壊滅的な状況になるなんてその時は思いもしなかった。
当日は、なぜか地震が起きる直前に目が覚めた。
虫の知らせ?いやいやそんなカッコEもんじゃない。
冬休みの不摂生がたたり変な時間に起きただけだ。
始めは微震だった。
「あー、地震だぁ。」
そう思った次の瞬間には、下からドーンと、
エガちゃんもびっくりな突き上がる衝撃。
モノというモノが踊り狂う状況。
弟の頭に1983年製のブラウン管テレビが落ちる瞬間、
とっさに横っ飛びセービングをしたことを鮮明に覚えている。
嗚呼、サッカーやっててよかった。
揺れが大きく感じたのは、当時小学生だったからか、
マンションの7階で普通より振動が大きかったからかわからない。
とにかく、めちゃくちゃだった。
3人兄弟ともなればおもちゃがあほみたいにあるわけで、
震災後の片づけの際に邪魔ということでそのほとんどを捨てた。
食器などは9割くらい使い物にならない状態。
お気に入りだった箸とかどこに行ったんだろう?
と、まぁ。
こういった経験をすると、価値観って変わるのね。
「形あるものはいつか必ず壊れる。」
なんて台詞は誰しもどこかで聞いて、その通りだと頭では理解していても
その状況になったらやっぱり納得できない、なんてことはざらだ。
けど、
地震の後はそうじゃなくなったんだな、コレが。
ちっちぇえ事が気にならなくなった。
今年で16年が経過するわけだが、
毎年この時期になると
「阪神淡路大震災を忘れてはいけない」
みたいなキャッチフレーズでニュースとかドキュメンタリーとかが取り上げているけど、
なんだろう、
どこか違和感がある。
うーん、押しつけがましい、と感じるのかな、失礼だが。
記録と記憶を残すことは大事だと思うが、
当時の凄惨とした側面ばかりが目立っている気がする。
本当にそうだっけ?
我が家(とそのご近所)は死人は出なかったし、
久しぶりに家族5人で1か所で寝たりして、
モノは沢山失くしたけど得たものもあったと思う。
尼崎かどこかから可愛い子が転校してきたりしたしね。
まぁ、一つ言えることは
こういった自然災害はいつ訪れるかわからないから
イザという時のための準備はしておこう、てことかな。
なーに、
大震災がきたって、
なるようになるさ。