TAJIRIはなぜSMASHをやろうと思ったのだろうか?大会パンフより。 | 酒井正和 オフィシャルブログ Powered by Ameba

TAJIRIはなぜSMASHをやろうと思ったのだろうか?大会パンフより。

『TAJIRIはなぜSMASHをやろうと思ったのだろうか?』

 時計の針は17時をさそうとしていた。日も暮れて辺りもすっかり暗くなり始めている。朝から続いた打ち合わせがようやくひと段落して、TAJIRIは一つ背伸びをした。
「朝から何も食べてないんですよ。ちょっとだけ時間いいですか」
 そう言ってそば屋に入ると、大急ぎで食事を流しこむ。入店から食事を終えて店を出るまで、時間にして5分程度。その間にも携帯電話に着信が入る。SMASHプロデューサーとして分刻みのスケジュールで動き回り、頭を24時間フル回転させている。
「夢の中でも考えるんですよ。夢の中でもこの世界と同じ光景が広がっていて、いつも何か考えているんです。それで目が覚めるといいアイディアが出てくるんですよ」
 寝ても覚めてもとはこのことだ。使うのは当然、頭だけではない。リングに上がればトップレスラーとして、常にファンを魅了するファイトを披露している。
今のTAJIRIは生き急いでいるかのように、一日24時間という限られた時間を無駄にすることなく使っている。そこまで自分のすべてをぶつけられるSMASHとは一体どんなものなのか。TAJIRIはなぜSMASHをやろうと思ったのだろうか──。
       
「自分の本当にやりたいことをやっている時って、人間は疲れたって感じないんですよ。体がだるいなって日はありますけど、モチベーションが下がることは一度もないですね」
 TAJIRIは目を輝かせながらこう語った。11・22JCBホール大会まで休むことなくフル回転。いや、SMASHの立ち上げを宣言した時から、一度だって歩みを止めたことはない。
 旗揚げ前のSMASHの前評判はお世辞にも高いとは言えなかった。活動休止状態となったハッスルから派生する形での出発であり、加えて所属選手の量や知名度的にも戦力不足は明らか。
 近年のプロレス不況という背景もあって、「大丈夫なのか?」という懐疑的な声があったことは事実だ。それでもTAJIRIは周囲の声に惑わされることはなかった。
「人生って自分のやりたいことをやりたいようにやるだけなんで、そこに自分が抱えている布陣がぜい弱だからとか、そういう発想はまったくなかったですね。周りの懐疑的な声? そういう関係ないことは耳に入らないんです。入ったとしても頭を通過しないんですよ。逆に世間がそう言っている、大多数の思い通りに生きていない人たちがそう言ってるってことは、正解じゃないんだなって思うたちなんです。世間の大多数のヤツらが言うことなんてデタラメもいいところですから。そんなことは気にしてられないし、ボクの人生なんかあと50年もないんだから、そんなくだらないことに割く時間なんか1秒たりともないですね」
 果たしてSMASHは旗揚げ戦から現在に至るまで常に超満員の観客を動員。試合内容でも大会ごとにヒーロー、ヒロインが誕生してきた。「ボクが想像していたよりももっといいものが出てきた感じ」とTAJIRIはいう。
「ボクは大体ひらめきで行動を起こすタイプなんですけど、SMASHがこういう形に動いていくっていうのは思い描いてなかったかもしれないですね。Mentalloにしてもトライアウトのヤツがこんなになるなんてまったく予想してなかったことだし、リン・バイロンみたいなのが現れるとは思っていなかったし、朱里ちゃんにしても短期間でこんなに成長するとは夢にも思っていなかった。だからボクが想像していたよりももっといいものが出てきた感じですよね」
 SMASHはTAJIRIの直感と、その場、その場のベストチョイスによって、次々とニューヒーロー、ニューヒロインを生んできた。
「今までのSMASHって全部そうなんですよ。朱里VS華名だって1カ月前までは華名って発想はなかったんです。それがあるきっかけでその存在が入ってきて、これはいけるんじゃないかって思って。毎回何かしら引っ掛かってくるんです。AKIRAさんにしても、スターバックとやれば盛り上げる方法はあると思ってたんですけど、ああいう形だとは思ってもみませんでした」

 数々の直感とベストチョイスの中でも、最大のヒットは間違いなくFCFとの交流だ。実はこれもひらめきだった。旗揚げ当初はカナダの団体との交流を視野に入れており、フィンランドはTAJIRIの頭の中になかったのだ。
 ところがある日、スターバックをはじめとするFCF勢の顔が頭に浮かんだ。「神様から彼らを使いなさいって言われているかのように頭の中にドンドン送り込まれてきたんです」
 これは何かの暗示だとひらめいたTAJIRIは旗揚げ戦終了後にFCFを交流相手に選んだ。スターバック、ジェシカ、ヴァレンタイン、ユーコンセルカといった強烈なキャラクターを持った選手が続々登場し、SMASHの世界観は確実に広がっていった。
 そのFCFとのファーストコンタクトは今年2月。参戦オファーを受けてTAJIRIはフィンランドへと飛んだ。元WWEのスーパースターとして招待されたにもかかわらず、空港に迎えの人間すらいないという状態だった。
「頭に来て帰ろうかと思ったんですけど、ホテルの住所は教えてもらっていたので、しょうがないからタクシーで行ったんです。そうしたらスターバックが『よく来たな』って感じでホテルで待っていたんですけど、こっちはこの野郎!って感じでしたよ(苦笑)」
 第一印象は最悪だった。しかし、すぐにその印象は変わる。スターバックはホテルの部屋の備品の使い方を丁寧に教え、ディナーもケア。試合当日も自らの車で送迎し、TAJIRIをもてなした。
「いろいろ細かくケアしてくれて、コイツはいいヤツなんだなって思いましたね。会場に入ってからはスターバックは向こうのボスだから忙しくて、そこからは一言も口をきけないんです。控室から見てたら、スターバックのところに次から次へとこの人は有名人なんだろうなって人たちが来るわけですよ。これは俳優だな、これはシンガーだな、これは女優だなみたいな人が次から次へと。そういうのを見ていると、この人は本当に信頼のある人なんだって思いましたね」
 スターバックとの一騎打ちはこの時が初めて。TAJIRIは会場の雰囲気がすごく印象に残っているという。
「フィンランドにはWWEで2~3回行ったことがあるんですけど、その時は真面目で物静かな国民って印象だったんです。でもスターバックの空間は違ったんですよ。ボクが珍しいからお客さんも『ECW』コールとか『タジリ』コールをするんですけど、必ず最後は『スターバック』コールに戻るんです。普通、地元のヒーローが外敵を呼んだシチュエーションって今の人は乗らないと思うんですよ。だけど、スターバックには乗るんです」
 試合はお互いに自分の世界への染め合いだった。TAJIRIが会場を自分色に染めようとすれば、スターバックも染め返す。技術うんぬん、体力うんぬんではない、空気感の闘いだ。
「プロレスっていうのはそれ(空気感)が大事なんです。ボクに言わせれば技なんていうのは空気感を作るための小道具にすぎないですよ」
 TAJIRIは初めて闘ったスターバックにHHHに近い空気を感じた。ただ、そのタイプには違いもある。
「ボクとスターバックはお互いに塗りかえ合っていたんです。でもHHHの場合は、敢えて相手に塗らせてその上に自分がかぶせて、また敢えて相手に塗らせてというのを繰り返していく感じ。自分がすべて空気感をコントロールしているんです。
 これは決してスターバックがHHHよりも劣っているというわけではなくて、それだけ彼は生き様が必死な感じがするんです。相手のためにお膳立てするなんて、それは敵にも失礼だろうっていう戦国武将みたいな感じもあるんですよ」

 11・22JCB大会ではスターバックと3度目の一騎打ちに臨む。プロデューサーという立場上、これまでのTAJIRIは一歩引いたスタンスをとっていたが、9月24日のSMASH8でAKIRAの全身全霊のファイトを目の当たりにして、心を動かされた。
 心が動くこと。つまり感動。これはTAJIRIの原点だった。
「大学生の時に浅井さん(ウルティモ・ドラゴン)の試合を見て、その生きざまに感動しちゃったんです。結局、ボクも感動に人生を変えられたんで、今度はその感動を生みだしたいんです。言ってみれば、浅井さんを見た時の感動を再現したくてボクはやっているんです」
 体が小さくて日本ではプロレスラーになれなかった浅井嘉浩は単身メキシコに渡りプロレスラーになった。そしてメキシコのスペル・エストレージャとして凱旋帰国。夢を追い求めるエネルギーに満ちた生きざまに心を動かされた。
この気持ちこそが、プロレスラー・TAJIRIの原点であり、SMASHの原点でもある。
「地球上に存在しているものって、地球の法則から外れたものは絶対に生き残ることはできないと思うんですよ。だけど、今のSMASHは地球の法則に則ったことを必ずやっている自信があるんです。地球にとって必要なことをやっているんです。それは何かって言ったら感動。人間って感動がないと生きていけないんです。だから感動を与えるものって世の中に絶対に必要だと思うんです。SMASHは感動を生みだすためにやっているから、うまくいかないはずがないんです」 
 TAJIRIは満を持してJCBの大舞台でスターバックと対峙する。ここでは「ボロボロになるまで自分を出し尽くす」という覚悟だ。
 世界最大のモノポリー団体・WWEで幾多の修羅場を経験してきたTAJIRIが、必死に闘う姿はあまり想像できない。日本国内ではいつ誰と闘っても飄々としていて余裕があるように見えてしまうからだ。たとえ試合に敗れたとしても、力尽きるようなイメージはまったくない。
「ボクが他団体に出る時は何でそういう感じかというと、そういうのを求められてオファーされているからなんです。はじめのうちはあえてやっている感じだったんですけど、いつの間にかそれが自分のベースになっちゃってるんですよ。昔は意識してそういう試合やキャラをやっていたんですけど、今は地になっちゃってるんですよね」
 常にキャラクターを演じながらの闘い。言い方をかえるとTAJIRIが必死にならざるを得ないような試合がないということだ。日本国内では死に物狂いになるほどの相手と巡り合えていないのだ。
 しかし、今度のスターバック戦は違う。若手時代、必死にメジャー団体・新日本プロレスに闘いを挑んだ時のように、あるいはWWE日本公演でHHHとタイトルマッチを闘った時のようにすべてをかけて闘うTAJIRIが見られるはずだ。
「今度の試合はただでは済まない。それこそ、負けた方は死ぬっていうくらい、すべてを出し尽くさないといけないようなシチュエーションだと思うんですよ。負ける時は死ぬ。だから出し尽くして生きなければいけない。そういう闘いになると思います」
 ここまで悲壮な覚悟で試合に臨むTAJIRIも珍しい。敗北は死を意味する…。しかし、この試合で終わるわけにはいかない。地球の法則に則ってSMASHはまだまだ躍進していくからだ。
「ボクが浅井さんの試合を見て得た感動っていうのは、その辺にあるものではなくて、もっともっと天高くにあるものだと思うので、その場、その場でベストチョイスを探していっても、必ず空に向かって伸びているんです。やり方は変わっても向かう先が変わることはありません。だからボク一人の人生では終わらないと思いますね。もしもSMASHが続くなら誰かにバトンタッチして。ボクが死んだら次のヤツがやって、またそいつが死んだら次のヤツがやってって感じで続けていきますよ」
 SMASHは一代限りで完成するほど簡単なものではないとTAJIRIは考えている。「たどり着こう思って向かっているわけではなくても、まっとうな者ならそっちに向かうべき」と、遥か遠い天を目指していく。
 世界最高峰の団体で長年活躍し、レスラーとして最高のステータスを手に入れた男が、なぜ新たな団体、SMASHを始めたのか? 最後にこう問うと、TAJIRIは「感動したかったからです」と即答した。
「自分が感動したかったからです。感動できる舞台を自分で作りたかったんです。それはプロレスラーになる時に求めていたものですから。それこそ、出てくれる他団体の選手にも外国人にも、その人が感動できる手助けをしたいんですよ」
 SMASHは誰もが感動できる舞台。出場する選手、観客、運営にかかわるスタッフ、すべての人が感動できる世界がそこにはある。
 11月22日、JCBホール。TAJIRIは死に物狂いの闘いで、過去最高の感動を体いっぱいに味わうつもりだ。それは同時にJCBホールを最高の感動空間に変えることを意味している。