15話を最初に観た時も思ったんだけど、

 

20話も情報量が多いな、と。

 

しかし、これは後から考えてみると、情報量が多いからではなく

 

流れがイマイチなのかもしれない。

 

つまり、シーンの数と、一つ一つのシーンは良いのだが、

 

構成が良くないのかと。

 

申し訳ないが、監督が別の人だったら、もっと良くなっていたかもしれない。

 

 

作品というものにはテーマがある。

 

ダリフラの主たるテーマ、主題は「ヒロとゼロツーの愛の物語」であろう。

 

つまりは「異種間の愛」「多様性の肯定」である。

 

二人の恋物語だけでは、ストーリーに厚みが出ないので、

 

生殖、生殖が生む多様性を放棄したオトナと対比させた、13部隊の仲間の自立に

 

焦点を当て、ついにはゼロから生殖活動の獲得まで描き切り、

 

コドモたちが人類(と地球?)の立て直しの主役になることが結末として

 

考えられているんだろうと思います。

 

で、

 

サブテーマとしては、やはり環境破壊でしょうね。

 

利己的なふるまいやエネルギーの浪費が及ぼす影響を警告しているんだと思う。

 

で、

 

それらテーマを強調したいがために、大事な背景(世界観)を極端な演出にしたのなら

 

完全に失敗したと言わざるを得ない。

 

いきなり宇宙戦艦の来襲と、地球破壊策への転換は逆効果のインパクトであった。

 

そして、重要な背景を登場人物の口頭説明だけで済ますという雑な演出になったのは、

 

残念ながら、監督の力量不足が原因であろう。

 

 

まぁ、

 

21話からメインテーマに戻り、力業っぽく話を締めていくんでしょうが、

 

19話と20話は必要なかった、いや、失敗したエピソードだったと思う。

 

 

ゼロツーにあんなに多量の出血をさせる必要はなかった。

 

これも上手い演出だと思えない。