[プログラミング教育] モバイル時代とソフトウェア技術の進化 | _

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モバイル時代とソフトウェア技術の進化​

 

  急激なモバイル化で、根元から変わった社会環境

この数年間、世界のスマートフォン普及現象は超爆発的といえる。 新聞、電話機、ラジオ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、パソコンなど、これまで日常使用するどんな機械や装置より少なくとも超早い速度で普及し、今では世界のほとんどの人が使っている。


iPhone以降、わずか5年間で14億台が普及

 

こうしたスマートフォンが持つコンピューティングパワー(CPU、RAMなど)は、わずか数年前に数十人が同時に接続して使用したサーバーコンピューターの性能を追い越し、世界どこでも1~2秒以内に接続する超高速無線インターネットを基本的に装備している。 特にGPS、カメラ、マイク、スピーカー、タッチパネルなどは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感覚をすべて代替可能な認識装置として内蔵している。 一言で言えば、スマートフォンは以前のPCとは比較にならないほど強力なコンピューティングパワーと多様な機能まで備えた「携帯用コンピューター」ということである。 ところが、このような装置に世の中と疎通する電話及び文字メッセージ機能を内蔵しており、見た目も小さくてきれいで、人々が常に持ち歩くしかない非常に強烈な誘引要素まで備えている。​

それでスマートフォンは、今日すべての人々が事務室、工場、学校、食堂、 寝室、トイレなどいつでもどこでも常に携帯して使っている。

​​まるで人間の身体の一部のように、人類の歴史上、人間の体と最も密着した、携帯性の強い装備であることに注目する必要がある。 実際、ほとんどの人は時間と場所を問わず、「疎通、共有、ニュース、ショッピング、旅行、娯楽、休息、食事など、ほぼすべての日常をスマートフォンを通じて処理して楽しむ、いわゆるモバイル時代が到来したのである。​​

 

身体密着の携帯性で開発対象の拡大

 

  スマートフォンが世界の全ての基準を変える

スマートフォンで触発された今日、モバイル時代には、世の中の全てが変わっている。 何よりも生存のために、すべての人が必死になっている職業活動と生計問題を解決する方法から変わっている。

​モバイル時代が本格化するにつれ、かつてない数多くの事業モデルや新生企業が出現し、アップル、グーグル、フェイスブック、ツイッターなどは、以前は想像できないほどの大成功を成し遂げ、新しいモバイルの世界を支配している。

​しかしかし、写真フィルムの代名詞であるコダック、カラーテレビの元祖企業であるソニー、携帯電話で世界を支配したノキアなど、一時世界市場を席巻し、産業経済時代の成功の象徴とされてきたグローバル企業が、こうした時代変化に追いつけず、一瞬にして没落した。

一方、生き残った職場でも、製造·生産職、土木建築職、生産設備職、企画管理職、経理会計職など、以前はうまくいっていた職種が洒落て、アプリプログラム、ビッグデータ、モバイルマーケティング、戦略企画などのような新生職種が、企業と組織を率いる新たな要職に浮上している。​​

この全ての変化が、スマートフォンという革新的なモバイル機器とそれをベースに従来とは異なるSW新技術の出現により発生している。ソフトウェアが世界のすべての基準まで変えている。 有能さと無能さの基準、そして成功する人と失敗する人の基準、ひいては金持ちと貧乏人を決める基準まで変えている。​

このような世の中の変化によって、多くの人々が収入の問題を解決する方法も完全に変わってきている。 したがって、学生たちがこれから社会に適応するためには、強力で汎用的で有用なコンピューティングパワーを積極的に活用する能力を持たせることが、知識情報社会の構成員として何よりも重要な資質といえる。

​​学生にこのような資質を確保するために必要な教育は、コンピューテーショナル思考(Computational Thinking)であると言える。 今後、学生たちがぶつかる数多くの問題の大部分が強力な携帯用コンピュータ、スマートフォンなどを基盤に処理することになるだろう。コンピューテーショナル思考とは、ある物事を認識したり、ある仕事を処理する時に、このコンピューティング装置にやらせて仕事をする手順と方式で考えるようにする訓練だと言える。 これはすなわち、当該コンピューティング装置の動作方式や属性をよく知り、実際に調整する技術を持っている人と言える。 このように人間に必要な仕事をコンピューティング装置にさせる能力がソフトウェアを作るプログラム語といえる。 結局ソフトウェアをうまく作るということは、その処理費および維持費が非常に安くて非常に速く、強力な業務処理技術を確保したということと同じ話である。

したがって、このように新しい教育体制に転換しなければならないというのは、単に教育界の必要性のために生じた問題ではない。 国家全体の課題であり、今後の社会を生きるすべての国民の生存と直結する問題である。

コンピューテーショナル思考(Computational Thinking)が要求される。

 

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  未来の人材像からカリキュラムまで変化が求められる

 

このように急激で広範囲な社会のモバイル化現象を目にしながらも、われわれが勘違いしてはならないのは、スマートフォンは従来、電話機、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などと全くレベルの違う新文明だということである。 断片的用途と機能を持っていた以前の機器とは違い、スマートフォンはその用途が非常に汎用的ということだ。 ビジネス、教育、コミュニケーション、娯楽など、あらゆる分野において必須要素となっている。 そして使用者階層も年齢、性別などと関係なくほとんどすべての人々が使用しており、時間と場所も何の制約もないという点が、以前の文明であることと明らかに異なる点であるといえる。

​このように強力な携帯用コンピューターであるスマートフォンにソフトウェアさえ作れば、世の中の多くのことが自動化·スピード化され、非常に経済的でありながら快適にできる。 それで、今や世の中のすべてがソフトウェアで作られ、スマートフォン、タブレットPCなどのモバイル機器の中に入っている。 企業や官公庁の業務処理や取引活動のほとんどは、すでにソフトウェアで作られてモバイル装置の中に入ってオフィス、工場、店舗などの機能をしたり、様々な職種で人々の役割を代替して行っている。

​職場を離れた私たちの日常でも、家計簿、通帳、カード、現金などの機能をスマートフォンのソフトウェアが代わりにし、新聞、ラジオ、テレビはもちろんMP3、ナビゲーター、ブラックボックス、各種娯楽道具、ゲーム機までほ
ぼすべての日常用品と生活道具がソフトウェアに作られ、スマートフォンの中に入って、仕事の処理方法と人間の生活を根本的に変えている。

 

このような現象は、伝統的な教育の殿堂である学校の姿や教育環境にも大きな変化をもたらしている。 実際、教科書、ノート、筆記具、黒板や数多くの学習補助ツールまで、ほとんどがモバイル機器を基盤とするソフトウェアの機能に置き換えられている。 結局、ソフトウェアが世の中のすべてを根本的に変えているのだ。 今後、教育界もこのような変化の風は避けられなくなっている。

​全世界の人々がモバイル機器を使用し、SWが世界のすべての分野に適用されており、AI技術が普及するにつれ、伝統の職業や人々の役割が急変している。 したがって、教育界も新しい世の中で求められる望ましい人材像から立て直す必要がある。 そして、そのように設定された将来の人材像に見合うよう、教育の目標、教科、カリキュラム等まで全てを見直さなければならない状況に置かれているといえる。

 

時代の求める人材像から変わる。

  世界各国でソフトウェア普遍教育を実施する

この時代の変化に伴い、アメリカ、イギリス、日本、中国、インドなどほぼすべての国でソフトウェア公教育が実施されている。 実際、米国では2013年からプログラミング教育を強化している。 中国語、フランス語など外国語や数学の代わりにソフトウェアが選択可能な科目として非常に高い比重を置き、ほぼすべての高校の課程で「コンピュータ科学」を正規科目として採択している。 英国は、かつて工業化初期に享受した世界最高の競争力と栄光を取り戻すため、2014年に小中高校の全学年で数学、科学と同等のレベルで「コンピューティング」を教え、5歳から「情報科学」を必修科目として教育を受けさせ、小学校6年生までは子供に最低限1つのプログラム言語を、中学校までは2つ以上の言語を身につけさせている。 日本は、中学校技術、家庭授業175 時間のうち、「情報処理技術」に55 時間を割り当て、高等学校では「情報科学」か「社会と情報」のいずれかを週に2 時間以上必ず履修するようにしている。 イスラエルは高校で「コンピューター科学」選択すると450時間履修させ,毎年ソフトウェアを自由に駆使できる高校卒業生を一万人以上養成している。中国は小学校3年生から中学校までの「総合実践活動」を通じて情報技術を学び、高校からは独立科目として週に必須2時間、選択2時間を教育している。

 

世界全体がSW教育ブームに陥っている

 

​このように、今や世界各国では急激な世の中の変化に能動的に対処するため、ソフトウェアの重要性を認識し、国の主要政策として既に実施している。 特に、バラク·オバマ元米大統領は公式席上で、「プログラムのダウンロードだけでなく、一緒に作ってみてください。 携帯電話で遊んでばかりいないで、プログラムを作ってみてください」とストレートな表現を使いながら、プログラミング教育の重要性を機会がある度に繰り返し強調している。 そして彼は「米国が今後も世界最高の地位を維持するためには、この世界を変える技術を学ぼうとする若い米国人が必要である」と述べ、プログラミング教育を国家的問題とビジョンと考え、強力に推進している。

したがってプログラミング教育は、どの国、どの学校、どの教師や学生も避けられない時代の流れであり、大勢といえる。