川村 憲一(Kawamura Kenichi)のブログ

川村 憲一(Kawamura Kenichi)のブログ

日々精進している中での想いを綴ってます。

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きれいごとではなく、結果として自分自身に返ってくるものなんだと思う。

それは他人のためにということではなく、自分のため。

周囲がハッピーになることで自分のためにつながる。

無理に他人様のためと思うのは違和感があるし、ストレスになるかなと。

自分が犠牲になるような他人様のためはもっと性質が悪い。

この考えががしっかりしてくると、周囲を巻き込んだ推進力は高くなる。

目先に捉われない一つの方法ともいえる。








自分のことや自社のことなど目先のことしか考えられなくなったときは行き詰まっているサイン。

そんなときは立ち止まる。

そして、
アクションを変えるか
マネジメントを変えるか
アウトソースをする。
何を言ったかではなく、何を為したか。

目の前の見えるものに捉われてしまうことがある。

言葉だけてばなく、立場だったりということもある。

そんな時はやってきたことを見る。
その人のスタンスが見えてくる。


新卒採用を支援している中で解せないことが多い。

約束を守らない学生が多い。

約束を破ることで自分の価値を落としていることを生活の中で感じることが出来ていないのだろうか。

大変もったいない話。

そこまで興味を持たせられない自社の問題ということは大前提であるが、目先はごまかせても長いビジネス生活では通用しない。

日常の一つ一つの出来事は自分を作っているということを是非とも認識してもらいたい。
現場は頑張っている。

それが前提。

起きた事象は本社、本部が対応出来なかったこと。

そこからブレイクが始まる。

現場がやって成果が出たことは全てアドオン。

人に左右されない仕組み作りのコツ。
人とのコミュニケーションを取る上で原理原則ってあるなと。

最近、感じているものを列挙。

美点凝視>
どうしても悪いところに目が行きがち。
そうすると進むものも進まない。



相手は自分を映す鏡>
と同時に他人の振り見て我が振り直せで考えると自分のことに気が付く。
結果、感情的なものが溶けてきたりする。



期待をしない>
言葉だけ見るとどうかと思うが、期待をするからそのギャップでがっかりしてしまう。
0ベースで物事を考えればマイナスは論外だが、1つくらいは前に進む。
そうすると単純にプラスが積みあがっているから凄いねとなる。



我が事とする>
「期待をしない」とセットの考え。
相手に求めるのではなく、成果を出しやすい環境を創れないか、
その人が成果が出しやすい業務を与えられないか、
業務を分解して前に進みやすい環境を創れないかと考える。
そうすることで自分に力が付く。


こういうことの積み重ねなんですよね。
相談するときには2つ気を付ける。

1つ目は相談は解決出来る人にする。

2つ目は相談していただいた解決策は実行する。

1つ目の話は、相談しても解決できない人と話すと傷のなめ合いになったり、
愚痴の言い合いになったり、本当は解決したいのにどんどん遠ざかってしまう。

もっというと解決能力がない人の話を真に受けるとミスリードとなり、
もっと悲惨目に合うことは多々ある。

解決出来る人を探すのも能力と言える。

2つ目はよくある「大変参考になりました」もしくは「大変勉強になりました」というフレーズはダメということ。

よく考えてもらうと分かるが、相談相手の時間を割いてもらい、その上で赤の他人の相談内容をよく聞き整理してもらい、そしてアドバイスをくださっている。

なぜ好き好んで相談内容を聞いて解決しようとしてくれるのか。
基本的にはあり得ない話。

簡単にその人の人生の限られた時間をいただいて、勉強になりましたと言っているのは適切かということ。

絶対に言われたことを実行しようと思うから、いただいたアドバイスに真摯に耳を傾け、疑問質問はぶつけ、結果として解決する。

相手の有益な時間をいただくことになることは肝に銘じて相談は受けたい。










先日、クライアントに相談を受けていた内容に対して客観的に考えを伝えると「そうだよな」という言葉をもらう。

話している自分も「そうだよな」と思っていたりする。

そして、あれ?これって自分がどうしようかと考えていたことと同じじゃない?と解決方法だったり、迷っていた方向性が明確になったりする。

常日頃、当事者にならないことを意識して俯瞰的になる努力はしている。

ただ、クライアントに対して「自我」が出てしまったり、成果に対して「自我」が出てしまうことで当事者になってしまいがち。

結果、当事者では短期的な結果を求める判断となったりする。

当事者から解放されると周囲が「そうだよな」という判断が出来る状態になりやすいと実感。

この積み重ねが中長期的な成果につながる判断や行動がとれる方になっているのは周囲の出来ている方を見ても思う。

よく上司だったらどう考えるかを考えるというが、結局は当事者目線で上司の思考を考えるため、
当事者都合の上司しか出てこないもの。

一度、対象の目線を持っている方は常日頃どういう行動をするかを思い出す。

そして、なぜそういう行動をとるのか思考(背景)を感じることをする。

そこから自分が抱えている課題に対して思考をしてみると当事者から抜けられることが出来ることが多い。











考えることを放棄するから満足する。

考えている限りは満足しない。

なぜなら、そこに立つとまた見えてくるものが出る。

その繰り返し。

そして、進むには「情報」と「判断基準」を集めること。

その精度が高ければ進み方が大きく上がる。

ゼークトの組織論にピーターの法則を重ねる。

限られた資源の中で成果を出すためにどうやりくりしてをするかが経営。
ゼークトの組織論に当てはまる無能というところをピーターの法則のいう無能になる前のレイヤーにしてみる。

結果、有能な働き者か有能な怠け者になる。
無能な怠け者はどこかで見つけてもらう。
もしかすると経営者がその役割が担えるのかもしれない。

如何に成果があがるレイヤーで活動をしてもらうかが肝。
そのためにはその人個人のことを正しく認識していることが重要。

その上でどのような役割を演じてもらうかを考える。
ついつい出来ること前提で期待をしてしまうのが世の常。
期待値をゼロにして、一歩でも出たことが成果。

期待しないというのは正しくないが、責任は自分で持つという意思表示となる。


【ゼークトの組織論】
軍人は4つに分類される。
有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。
そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。

有能な働き者。これは参謀に向いている。
理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。
また、あらゆる下準備を施すためでもある。

無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
理由は自ら考え動こうとしないので参謀の進言や上官の命令どおりに動くためである。

無能な働き者。これは処刑するしかない。
理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。

【ピーターの法則】
能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。すると有能な平(ひら)構成員も無能な中間管理職になる。

時が経つにつれて人間はみな出世していく。
無能な平構成員はそのまま平構成員の地位に落ち着き、有能な平構成員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。
その結果、各階層は無能な人間で埋め尽くされる。

その組織の仕事は、まだ出世の余地のある、無能レベルに達していない人間によって遂行される。