初代オスマン1世が、アナトリア地方に建国したのが、1299年のことでした。当然の事ながら、イスラム教のオスマンとキリスト教の東の総本山だったコンスタンチノープルは、せめぎ合いを繰り返します。1453年には、コンスタンチノープルは陥落し、オスマン帝国に飲み込まれてしまいました。

 

 

  最大のスルタン・スレイマン1世

上はスレイマン1世の肖像画です!

 

昨日の続きですが、下の地図の緑色の地域を征服していった王が、スレイマン1世でした。統治は、47年に及び、一番遠征が多く領土拡大に貢献しました。かって、マケドニアのアレキサンドル大王や、エジプトのラムセス大王のように、実に精力的でした。良く地図を見るとやはりキリスト教信仰の多い西方より、東南部への侵攻を目指していました。彼の偉大さは征服した領土の多さだけではなく、国としての内政を強化する為に、法整備も行った点だと歴史学者は指摘しています。

 

 

上は、アナトリアのオスマン帝国が、王朝が変わるごとに領土が拡大していった事を示す地図です🗺

 

 

  栄華の象徴トプカプ宮殿

 

1453年のコンスタンチノープルが陥落し、メフスト2世が1460年代に作り始めたのが、トプカプ宮殿でした。作りが豪華という訳ではなく、中にある宝物館が実にすごいのです。

 

ボスフォラス海峡に臨む丘の上に建てられたトプカプ宮殿の外観です。実際、トプカプ宮殿のテラスから観るボスフォラス海峡の景色は圧巻でした❗️

 

更には、宝物館の部屋に飾られた宝石や陶磁器の素晴らしさには、圧倒されました。特に86カラットのダイヤモンドは、特に有名です!僕の好みは、トプカプの短剣と呼ばれる大きなエメラルドがあしらわれた短剣でした!

 

トプカプ宮殿に通常観光すると宝物館やハーレム、テラスを案内されますが、出来ればゆっくり見学する事をおすすめします。

 

トプカプ宮殿は、別名チューリップ宮殿と呼ばれ、上のようなチューリップが見られます。

 

 

個人的な見解として、オスマン帝国もさる事ながら、トルコの歴史こそ僕の興味をそそります。世界最初の鉄器を作ったヒッタイトの痕跡や古代ローマ時代の遺跡、トルコ西部の遺跡など見てみたいと思っています。

 

 

 

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