小学生時代は、殆ど通学しない距離に住んでいたが、中学時代は、かなり遠くまで歩いて通った。従って、通学路で良く歌を口ずさんでいた。その時代は、ビートルズがデビューした頃で、ヒット曲を次から次へと発表していた。ビートルズの歌詞は、英語の勉強になったと思うが、レコードを買うほどではなかった。初期のビートルズの曲で一番好きな曲は、And I Love Her でした。

 

 

 

 

僕が1番好きになったのは、ザ・ウォーカー・ブラザーズだった。のちにグループは解散した後も、ボーカルのスコットウォーカーだけは追っかけ状態で、コンサートを聞きに行った。やはり、太陽はもう輝かないダウンダウンを聞いて、それ以来、この歳までずっとファンのままです。スコットとジョンのハーモニーが気に入っていた。何よりもスコットウォーカーの歌声が、最高でした。僕の中で一番好きな歌手が、スコットウォーカーでした。

 

とにかく、学校の往復によく歌っていた。

クリフリチャード、カスケーズ、ベンチャーズ、シュープリームズなどが活躍した時代でした。その頃、ピーターとゴードンが歌った愛なき世界が印象に残っています。ダウンダウン

この時代のYouTubeは、うまく載せられなくて残念です。

 

さて、日本は歌謡曲の時代でした。井沢八郎さんのあゝ上野駅は、心に響く歌詞でした。小学生時代から何度も聞いていた若山彰さんの喜びも悲しみも幾歳月も良く歌ってました。それでも一番大きな出来事は御三家の活躍でしたね。橋幸夫さんが早くデビューし、ついで舟木一夫さん、西郷輝彦さんの順だったと思いますが、歌謡曲と言えばこの時期彼らの歌が一世風靡していました。彼らのブームは、グループサウンドが流行するまで続きました。

 

中でも僕が好きだったのが、舟木一夫さんでした。賛否両論あると思いますが、僕の好きな曲を一曲選ぶと東京は恋するでした。ただ、高校通学まで続きますが、当時の御三家の曲は3番歌詞まで暗記して、歌っていました。

 

 

橋幸夫さんの一番好きな曲は、チェツ・チェツ・チェツでした。

 

 

 

 

 

最後に西郷輝彦さんの曲では、涙になりたいでした!

 

 

彼らの歌は、少し背伸びしながら、歌詞の意味さえ分からず、やたら歌っていた記憶があります。中学校までの長い道のりを毎日毎日、歌いながら通いました。

もちろん、他にも良い曲があったと思いますが、記憶が曖昧になっていました。それでも片道4キロを飽きずに通学できたのも歌のおかげでした。橋幸夫さん以外は、実際コンサートへも出かけています。ほんの少し、青春を意識した時期でした。

 

 

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