ギランバレーの症状もちっともよくならず、悪夢にうなされ、
さらに主治医の一人や看護士から
ナースコールの規制をキツク言われてしまった私。
まるで医療関係者から見捨てられてしまったような絶望感でいっぱいになる。
見捨てられてしまうと、患者は生きていけない。
GICUから私を助けてくれたOドクターに相談しようにも
口がきけない…
追い討ちをかけるように、嫌なことが続けて起こった。

私の親友がいち早く連絡をしてくれたある男性が
熱心にお見舞いに来てくれた。
彼のことはあまり良く知らない。
同じ業界の人だが、仕事を一緒にしたこともない。
たまたま1月の私の出版パーティに来ていただき、
仕事の話をしようとしていた男性だ。


彼は個室に入ってくるなり
しばらく私の姿を見ている。
胸幅よりも大きな人工呼吸器をつけ、口もきけず、身体の動かない私を
とにかく見ているのだ。
そして発汗がひどくて、汗でびっしょりの寝巻きを少したくって、
私の足を撫でる。
「こうするといいんだってね」と言いながら。
なぜいいのか、わからない。
母ですら、私の足を撫でることもないのに。
彼は誰もいない個室で、口もきけなくて動けない私をまるで自分だけの玩具のように撫でまわす。
「秋田美人だよね、和服が良く似合う」
そう言いながらふくらはぎを念入りに撫でる彼にとって、私は病人だけれど“女”なのだ。


「変態」
とツバを吹きかけてやりたくても、できない。
口がきけたら…
身体を動かすことができたら…
たった一人の個室は、限りなく危険な場所だった。


ナースコールの規制をされても
喉を切開した私は、痰が出てくると、どうしても吸引してもらわないと苦しい。
しかも
身体も同じ姿勢で横になっていると、いつでも、どこかが痛い。
だからどうしても、コールをしてしまう。
でも主治医の一人を連れてきたあの体格の良い看護士の無言の圧力が
どこからかかかってきて、
コールをするたびに、罪悪感すら感じる。
肯定とためらいと、嫌われるのではないかという罪悪感が、メビウスの輪のように堂々巡りとなる。


寝返りもできない自分の体は、別の物体のようだった。
それはボディという入れ物が、ここにない、という喪失感に結びついた。
心も魂もここにあるけど、肉体だけ、どこかにいってしまって
入れ物をいつも探しているような…
その感覚は、悪夢と共に、私を次第にこの世から遠ざけていった。
死んだほうがまし…
死にたい…
死んだら、輪廻転生をしたい…
どうやって?
私は自分に問いかけた。
どうしたら、未来は幸せなの?


暗闇の中で、一つの光が見えてくる。


それは、沖縄の海底にたゆたう海の光だ。
光は岩に乱反射して、
輪廻転生をした私を包み込む。
私は15歳の少女。
ユタの血をひき、幼少の頃から泳ぐのが大好き。
ある日海底に潜っていたところ
七色の光に包まれ、光の主から神託をもらう。
少女は神託を物語にして、応募する。
最年少で芥川賞を受賞した少女は、
海で光に包まれるたびに神託をもらい、
物語を次々に書き続ける。


死んですぐに輪廻転生をしたため、
姿は違うけど、私の知り合いの出版関係者は
少女となった私を、何となく懐かしく感じてくれ
親切にしてくれる。
私は彼らたちに会うと自然と素直になり、
沖縄の海のことやユタのことや古くから伝わる薬草にまつわるエピソードなどを
夢中になって話す。
沖縄の海や、神様や、そして親切にしてくれる人たちに囲まれ、
輪廻転生した15歳の私は、とても幸せだ…


輪廻転生の夢は、甘美そのものだった。


うっとりしながら、死にたくなるような酷い現実から
ひととき、そっと逃れた。