これまで最悪なことは数限りなくあった。

特にこの3年間はひどいものだった。

でも自分で自分の症状が悪化するのを実感しているという

この人生“最悪”の日に比べたら

“最悪”な過去が全て葬り去られてしまうような気がする。

私の脳裏に

この3年間の“最悪”が時間軸に沿って記憶が鮮明に甦った。

まず足の火傷。これは仕事のストレスが引き起こした事故だった。

そして住まいの3.5メートルしか離れていない空き地で

予告もなしに開始されたマンション工事。

騒音と振動で、生活も仕事も精神も脅かされ

武蔵野市や代議士に働きかけても、無視。自治体は無力だ。

自分の身を守ってくれるのは専門家と気づき、

弁護士を探したが、騒音がヒートアップしたため

知人の男性に依頼して、ゼネコンとの話し合いを代理で行ってもらったところ

失敗に終わり

逆ギレした知人の男性が、ストーカーになって私にお金を請求するようになった。

つきあってもいない男性からのストーカー行為は

かなりヘビーで

おかげで神経が擦り減って、仕事にも影響を与え、さらに弁護士探しも滞ってしまった。

やっとの思いで、ストーカー行為をやめてもらって

弁護士を見つけ出してゼネコンとの交渉をしてもらったが

途中で弁護士のモチベーションが下がった

もう駄目かとあきらめたが

最後の力を振り絞って弁護士のモチベーションアップを図ったところ

些少の賠償金だがもらうことになり、

引越し代を確保できた。ささやかな勝利だった。

ところが引越し先で待っていたのは

「引越しの音がうるさかった」

というだけで、帰宅すると壁を蹴るなど、嫌がらせをする隣人男性……

恐怖の夜が続き、

何度も警察に通報したが、逮捕には至らず。

そこで武蔵野市の防犯科へ。

対応してくれた元・刑事の相談員から

できるならこの手で、その男を捕まえて保健所へぶちこんでやりたいという

叶わない意欲を聞いただけだった。

恐怖のあまり夜中にパソコンを持って、漫画喫茶に駆け込んだこともある。

あの状態で

よく書籍「英語でリッチ!」を書き続けられたものだ。

嫌がらせは後から引越しをしてきた男性が、前からの男性と結託してさらに激しくなった。

最初に嫌がらせをした男は30代のサウナ風呂の店員で、

部屋の電気を消してテレビの音は耳栓をつけているという“気ちがい”だった。

後から結託した男性も、これも30代で著名な大学を出て塾で英語講師をしているが

鬱屈していたのだろう、私に矛先を向けてきた。

行き場所のないすさんだスラムのような男性達。

彼らから身の危険を感じて

私は書籍の印税を前借して、友達が住んでいる阿佐ヶ谷へと越した。

「逃げるが勝ち」

と自分に言い聞かせて。

大好きな吉祥寺を離れるのは悲しかったが、命には替えられない。

いくら好きでも、私を守ってくれない街には二度と住めない。

やっと外敵から解放されたとほっと安堵もつかの間、

逃げてから5ヵ月後に発病……

最悪のゾーンから、ついに逃れられなかったのだろうか…

「大丈夫かい?」

ドクターの囁く声がする。

「人工呼吸器をつけるよ」

それはまるで死を宣告されたようなものだった。

死へと旅立つ私にふさわしく

とても厳かな、まるで儀式のような気がした。

ここには身内もいなければ、愛する人もいない。

いるのは、ドクターだけだった。

そのとき、一つの光景が見えてきた。

それは沈みゆくタイタニック号に乗り合わせてしまった私の運命だ。

沈没寸前のパニックに襲われた人々の阿鼻叫喚から逃れて

私は船長に導かれて

地下室への階段を静かに、厳かに一歩一歩降りている。

今の私にとって

船長は、ドクターだ。

静かにその日を迎えるため、導いてくれる。

神でもなく、天使でもない、

それは運命共同体。

ぐらりと船体が揺れるのを感じるように

動けるはずのない私の身体が大きく揺れたような気がして、

そして急激に意識がなくなった。