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オーストラリア夫との国際離婚

トータル5年、実質3年半の短ーい結婚生活に終止符が打たれました。
オージー夫と日本人妻の正式離婚までの道のり。
住まいは結婚早々、第三国。
お互いの母国以外に住んでの離婚ってこんな感じ。

自分でもよくわからない


自分自身の今の気持ち


って、あると思うんです。



私は


元夫の行動等に、疑問や不満を抱きつつも


ある程度自分が努力しても


現状が変わらないと悟ると


自分が折れる。


という行動をしたこともしばしば。



それが


夫婦円満にやっていく事に


必要な事とはわかっているのですが


その変化自体に慣れてしまうと


慣れてはいけない事に対しても


感覚がマヒしてくるんですよね。



ある日


いつも支えてくれた友達から聞かれました。



「一緒の未来を見ているなって感覚、ある?」


「一緒に生きているなって感じている?」




ない。


そんなの、ない。


バラバラ。。。



考えてみれば


元夫は、良く言うと「優しくて滅多に怒らない」


だから彼は、大概の場合


私がすることに


不満を言ったり強要することはなかった。


やりたい事があれば、自由にさせてくれ


仕事がしたいといえば、させてくれ


いつも、生活費は十分に足りているか気にかけてくれ


したくないことはしなくてイイヨ(それはないのでは?と思うけど)と言う人で


タイに住む事が辛かったら、オーストラリアに帰ってもいいよ。


とまで言う人でした。


(最後の事は、当時「夫婦は一緒にいるもの」という考えの私には


ありえない発言でしたが)




でも


今回の一件で


彼は彼がしてもらいたいことを


私にしていただけだったんだ。と思いました。


生活費の事を除けば


自分が自由にしたいから


私を自由にさせていた。



なんとなくずっと感じていた


一緒に生きている感じがないような、彼との生活。


その感覚があったから


こう思ったんですよね。



彼とのこういう生活は、結婚して以来ずっとだったから


いつの間にか、これが私の「普通」になっていたし


そこから寂しさとか、孤独とか、感じてなかったし


「結婚前にきちんと言葉で聞かなかった、私も悪い」


(どういう結婚生活を望むのか)


とも思っていた。




母親に離婚の話を初めてしたとき


「そんなに前からだったんだ。


ずっと一人で頑張っていたんだね。


寂しかったね。」


と、涙を流して言われた。


初めて


私は実は寂しかったんだ。


と、感じ取った。


何となく、ずっと抱いていた心にある何か。


それが何なのか、ずっとわからなかったけど


言葉にすると、そういう負めいたもの。



第三者から見ると


私の夫婦生活って、寂しく写るものなんだ。


とも思った。



完全にマヒしていた。


あの頃。