冬虫夏草の夢の中。 -4ページ目

冬虫夏草の夢の中。

なんてことはないだらだらな日常。

朝、日が高く昇ってしまう前に(家の洗濯干し場が影になっている間に)洗濯物を干してきました。



此間シフォンケーキを焼いたけど、少し焦がしてしまった。

上手くできたら友人の家に持っていきたい。



日記を書く言葉が見つからない。

けどなんとなく日記。



守護霊にでもなって誰かに張り付きたい。

自分でいるということが面倒。

時々、一個人として存在していることがとても嫌になる瞬間がある。


あっちに行ったりこっちに行ったりふらふらふらふら。

良い人にはささやかな幸福を、やなやつには天誅を下す神の御使いになれたらなあ。

わりと真面目にそう思ってる。


中二病と言われればそれまでだけど。


銀魂にでてきたマダオだよ、ほんと。

私の場合、『 まるで駄目な大人 』だけど。



もしかしたら何度やり直しても、私は同じ選択をするのかもしれない。

もしかしたらなんてないけれど。


自虐的なのは、自分に罰をあたえるためなのか、自分が嫌いなのか、自分に甘いからなのか。

その全てだと思う。


自分で自分の首を絞める瞬間が見たいのかもしれないと思ってる。

苦しむ自分を客観的ににやにやと見て、やっぱりねって言いたいのかも。


もはやサディストなのかマゾヒストなのか分からない。

ネット診断では半々だった。


私の人生に影を落とした出来事の要因は自分以外にもあるけど、今この瞬間を最低にしてるのは紛れもない自分なわけでして。


他人から見た自分の価値を知りたいという浅ましい気持ちがあって。

それを苦しく思い、面倒な気持ちになる。




・・・


何でこんなに日記くらいの?(;´▽`A``


こんな日記を書く予定ではなかったのにw


今日は “ 昨日より ” は活動的に生きる予定。

一日で一番体重が少ない時に体重計に乗る。



今日も自己平均範囲内で変わらずだった。

太ってもいないが、言うほど痩せてもいない。


平均体重からしたらやせ気味ではあるけど、ウエストサイズが変わりすぎるのがね・・・。

一応、ウエストは一番細い時で58cm以内を目指してるけどなかなか難しい。



足が滅茶苦茶O脚なのもマイナスだ。


しかし、それよりもいかり肩で肩幅がおそらく身長に対しての平均よりある方が嫌だ。

ネットで調べたところ、私の肩幅から見た平均身長は広すぎて載っていない。

なので予想になるけれど、私の肩幅の平均身長は185cmくらいのようだ。( ゚Д゚)

男性平均でも180cmの肩幅を持っている私。。。

性別も違う上に身長が20cm以上違う。。。・°・(ノД`)・°・


広いな・・・とは思っていたけど、まさか肩幅からの平均身長が180cmを超えるとは。

180cmも要らないけど、あと10cm身長ほしいよ!(/TДT)/



体系的に腰までがはっきりと逆三角形の上に、下半身が太めなのでアンバランス・・・。

見た目が悪いので、暑くても肩が出せない。


憧れるのは、肩から足首までなだらかなカーブでほぼ一直線の様な体系。

出かけ先でそういう人を見ると、ついつい目で追ってしまいます。



肩幅は変えれないから仕方ないけど、華奢な体系に憧れます。( ´(ェ)`)

友人には面白いと言われる私。



たぶん友好的な視線で私を見てくれているからだと思う。


別の人から見たら、私の行動は人をいらいらさせるものが多いので。



天然記念物になりたい!という私に「もう十分天然記念物だよ。」と言う友人。



私の面白さは私にはわからない。


それは私が生きる上での行動自体に含まれる笑いだからだと思う。


友人だから許してくれてる範囲のそれらの行動を時折面白いと言ってくれるけど、知らない人からなら避けられたり嘲笑の的になる様なことだったりといいことではない。



滅茶苦茶ネガティブ思想。


常にだれかに攻撃されるのではないかと思っているというか、攻撃されてると思ってしまう。


何かしても邪魔されるのではないかと思う。(実際は自分の力不足です)


頑張ったところで何も上手くいかない。(できる前に辞めてしまうので)


そう思ってた時期はとっくに過ぎたのに、いまだにそういう幻想に取りつかれている。


挑戦もせずに、失敗すると思いこんでやらないただのかっこつけ。


その姿の方がかっこ悪いとは気づいてるけど。



ただの針鼠です。

何にもしていなくて進んでいないのに何かしたいと思えない。


今までは何か作ったりしてたけど、その気持ちを今ははっきりと意識できない。



でも、今日はきてしまうわけで。


今日は昨日になっていくわけで。



縁側でのんびり猫の様に日向ぼっこがしたい。


今、そんな気分です。



短期バイトも日曜で終わって、ごろごろして誕生日も過ぎて私はまたひとつ年を取ったわけです。


しかし、早々何かが変わるわけもなく、でも確実に周りは変わっていってるんだなあと思います。

幼稚園児でも言えるような感想だけど、そう思う。



当り前のことを当たり前の様に思う凡人なのに、変わってると言われるのは何故なんだろうなあ。

あえて言うなら気性が荒くヒステリックで思い込みが激しく我が強い性格である、ということだけど(それが原因だけど)、皆が言う『 普通の人 』はもっと穏やかなのだろうか。


私は今まで普通って自分のことを言ってる人で、もっともらしい普通の人にはめったに会ったことないけどね。



まあでもたぶん、普通の人は他人任せではなくもっと自分で考えて行動して、経験からよく学び思慮深く生きてるんだろう。



バイト代をかけて夏に向けて色々作らなくてはいけない。

正直、作らなければお金がないけど、作ってもじりじりお金が無くなっていく。

ホールケーキを周りから少しずつ食べてるようだ。



基本的に我儘で他人なんてどうでも良いけど、人に好かれたいと思う気持ちを持ち合わせている自分はまだ人らしいのだろう。


相反する気持ちがももどかしい。




今日の一言。



自分の為じゃなく


誰かの為に生きたいという気持ち


それが愛なんだ

気付かぬうちに人生に乗車していた




絵描きの友人と会ってきました。


友人の部屋が荒れてるからということで、別の場所でお茶しながら話しました。


自分とは全く接点のない話が聞けて面白かった。


人の欲とか。


大きな花火というよりは線香花火などを連想させる人で、社会にすれてない感じがするからか、そういう思い込みで寄ってくる人がいるそうで迷惑した話を聞けました。


とても和風というか、割烹着とか縁側とか田舎の田圃道とか神社などが似合うような昭和時代の女学生という感じです。

年齢不詳に見える。


彼女が悪いわけではないのですが、「思わせぶりな態度を取るお前が悪い!」と相手をつけあがらせてしまうようで(普通に話せば分かるだろうに、相手が彼女の印象の思い込みからすり寄ってくるので払拭できないよう)なので、なかなかきわどい会話をしてくる人もいたようで。


「何処でそんな人と出会うん?」と聞けば自分や誰かの展示会でらしい。


人間関係は単純で複雑だなーと改めて思ったり、した。



その帰り、彼女が降り、私が次の電車を待つ駅のホームで今度また遊ぼうね、と言って別れたあと振り返ったら、エスカレーターに乗る彼女が笑って手を振ってくれました。


こういう瞬間て日常の中で優しい雰囲気の映画を見ているようで良いなあと思う。




彼女には今度セーラー服着せてね。と頼んでおきました。


夏は定番カラーの制服に、タイの色が緑らしい。

赤じゃないのが少し残念だけど、自分はブレザーな制服人生だったので楽しみだ。