答えないかわりに少年は聞いてきた。

 「君、どうやってここまで来たの?」
 「えーと、道に迷って……」

 私が少しだけ考えるようなしぐさをすると、真っ直ぐに私を見た。

 「ふーん、じゃぁ、ここを見付けたのは偶然?」
 「え、ええ」

 何故そんな事をと、思わないでもなかったが、とりあえず頷けば、少年は窓の外に視線を向けた。
 窓の外を楽し気に見てから私に視線を戻して、揶揄するように言葉を口にする。

 「今日は波の引きが強い日なのに、本当に凄いな」
 「はぁ…」

 さっきの言葉に引き続き、また波だの引きだの言われても、混乱するばかりだ。

 「そっか、まだ解らないか。そうだよね、来たばかりじゃ……なんでもないよ。話しはそれだけだから」

 一人で納得すると、少年は踵を返した。
 立ち去ろうとする少年を私は慌てて呼び止めた。

 「あのっ……!」
 「なに?」

 振り向き立ち止まった少年に、私は疑問をぶつけてみた。

 「昨日、私と会いませんでしたか?」

 質問の意味が解らないのか、少年は不思議そうに私を見た。

 「昨日?俺と?どこで…?」
 「森の中の丘の上で」
 「えっ…」

 少年は言葉を詰まらせてから、私をまじまじと見てきた。

 「そんなところで、俺を見たの?君、ここへ来る前に俺が見えたんだ?」
 「えっと…」

 今度は私に意味が通じて来なくて、言葉が続かなくなる。
 窓の外は、明るい日射しに包まれた、穏やかな森が広がっているのに、何故か嫌な汗が流れ、少し息苦しく感じる。

 「そうなんだ…そんな人もいるんだ。やっぱり君、すごいね。ちょっと違う」

 もう、少年の言葉が呪文のように聞こえ始めたその時、店員さんが現れた。店員さんは何か不思議そうに丘の上の少年を見た。

 「はい、お待たせしました。すみません、なにせ新しいお客さんが来るなんて随分久し振りなものですから……メニュー探すのに手間取っちゃって。あれ、空時どうしたの?」
 「なんでもないよ未来さん」

 クウジって、言うんだ…。
 クウジくんは店員さんのかわりにその場を立ち去り、元々座っていた二階へ続く階段へと戻って行った。

 「すみません。ジャマしちゃったみたいですね?」
 「そんなんじゃないです!」

 本当に、正直助かったような心持ちだったので全力で否定すれば、何故か楽しそうに微笑まれた。

 「はは、若いって、いいなぁ」

 少しだけ懐かしむように言われて、違和感を覚えたものの、メニュー表を受け取り、少し考えた。
 メニューは無駄に豊富で、目移りしてしまいなかなか決まりそうにない。

 「ここ、変わったお店ですね」
 「そうですか?」

 心底不思議そうに言われてしまうと、会話をふった手前なにか返さなければとも思うが、気のきいた言葉は出てこない。

 「こんな森の奥だし…。最初、入っていいのかちょっと迷いました」

 おずおずとしながらも、素直にそう言えば、何故か軽く笑われた。

 「はは。皆さん、そうおっしゃいますよ。でも、お嬢さんは勇敢だね~」
 「え?」

 話の主旨が見えなくて、店員さんを見つめれば補足される。

 「その深い森の奥を、一人でお散歩でしょ~。この森の噂は知っているでしょ?」
 「ええ、迷いの森、神隠しの森だとか…」

 その通りに迷ったのだとは、言いにくくなってきて視線を反らしたけれど、店員さんは気がつかないのか引き続き喋り続ける。

 「その上、こんなに森が騒いでる日にここへ辿りつけるなんてねぇ…。まったく大したもんだよ、うん。………待てよ、これはちょっとした変化を期待出来る…?」
 「は?」

 質問する言葉を考えるより早く、店員さんが笑った。

 「いや、はは。こっちのことです」

 何故だか質問しても答えて貰えない気がして、私は話題を変えた。

 「でも、お客さん結構入ってますよね」
 「ああ、彼らですか?お客さんって言っても、長年の常連さんで…この店の店員が出来そうな位ですよ」

 長年のって、じゃぁ、すぐそばに住んでるのかな?
 別荘に住んでるのではなくて?

 「どうかしましたか?彼らが何か?」
 「いいえ…」

 よく見れば、一人は階段に座り横に置いたテーブルの飲物をのんびり飲んだりしている。その人とは、関わりがなんとなく出来た気がする。
 その彼を中心に見て、側にあるカウンターには、寡黙そうな黒髪の少年がいるし、逆の窓際の席には、今にも倒れそうな茶髪の儚い少年がいる。
 まじまじとそっちを見ていたからか、店員さんにからかわれる。

 「ああ!なかなか可愛い子達ですからね」
 「えっ!?」
 「ははは」

 のんきな笑い声に訂正が難しくなる。
 仕方無く目についた物を注文すれば、それは素早く持ってきてくれる。
 その余りにも繊細な出来映えといい香りに、表情を綻ばせれば、店員さんが優しく笑った。

 「どうぞ、ごゆっくり。……それじゃ、森野、空時、湊!後はよろしく。また出てくるから」

 その言葉にカウンターにいる人から順番に、クウジ、儚い人が答えた。

 「ああ」
 「ごくろうさん」
 「いってらっしゃい」

 それから私を見て、店員さんが軽く手を振った。

 「それでは、お嬢さん」
 「はい、いってらっしゃ……」

 つられてそこまで言ってから、道を聞きそびれた事に気付いた。
 けれど今さら仕方無く、注文した物を飲み食いして待つことに決めた。来ていた物は大変美味で、是非レシピを知りたいが、自分で作れる自信は持てない。
 それから暫く待ったが、食べ終わっても、飲み終わっても、店員さんは帰って来ない。帰りたい私は困って、誰かに声をかけようと三人を見た。
 そこにいるのは、クウジくんと、先ほど店員さんがシンヤ、ミナトと呼んだ人だ。
 結局は、見知った形になっているクウジくんに声をかけてみた。クウジくんに帰り道を聞けば、送って行くと言ってくれた。そして、すぐにその場から立つとカフェを出ていってしまう。
 慌てて後を追うか、どうしようかと悩んでるうちに、残る二人の人が会話を始めた。先に口を開いたのはカウンターに座るシンヤという人だった。

 「湊……。空時で大丈夫だろうか」

 重苦しい雰囲気で口火を切った会話に私は動けなくなった。

 「大丈夫だろ?森はさっき凪に入ったし…。もう、そうそう迷いはしないだろう」
 「いや、その事じゃなくて…ただ、あいつ、向こうに行く事を望んでいる位だから……」

 どこか痛みを抱えるような表情で、苦し気に言葉を吐き出すシンヤという人に対して、ミナトという人は穏やかな表情で納得した様に微笑む。

 「成る程。折角戻る事の出来る子なのに、彼の影響で迷子の仲間入りしては…と、そういう心配かい?」

 ミナトさんの言葉にシンヤさんが黙る。私は会話の内容が理解出来なくて、その場から二人を見つめた。
 すると今度はミナトさんから話を始めた。

 「でもね、森の呼び掛けを振り切って、自力でここに逃げ込んだ人だよ。そう簡単には捕まらないだろう。心配ないと思うよ。……ねぇ?お嬢さん」

 最後の言葉は明らかに私に向けて言っていたから、何かを言わなくてはと思うのに、何も言葉が出ない。そんな私にミナトさんは笑った。

 「だから、さあ。もうお帰り」
 「どうした?行けよ。空時に置いて行かれるぞ」

 シンヤさんに急かされて初めて口を開けた。

 「あ、でも、まだお金払ってないし…」

 まるで言い訳のように口にした言葉が、少し情けない。