今日は、大好きなおじいちゃが亡くなって一周忌の法要でした。


たっくさんのお客さんがわたしの家に来てくれました。





前に、大晦日のブログにかいたけど、


↓オレンジの部分貼り付けてみました。

平原綾香の「明日」を聞いてウルウルしました。

あの日々のテーマのように私の頭に流れていた曲です。

~ずっと~そばにい~るよ~~~~   って。

突然癌の末期を告げられたおじいちゃ。施しようがないですって。

その場にいたのは私とおじいちゃ。


信じられん出来事でした。

2月3月は看病をしました。

ほとんどおじいちゃんのこと考えてソーシャルワーカーの私として、おじいちゃのまごとして出来る限りのことをしました。

ホントは在宅での死が迎えられたらなって思いました。

在宅ターミナルが出来る医者がいなかったことなど色んな理由があって

住み慣れたところでの死はかなわずでした。

でも、おじいちゃは自分の意思で病院に入院。

私たちはその気持ちを支えました。

病院側も私たちの気持ちに配慮してくれて個室をあけてくれてました。

24時間交代で付き添い、おじいちゃの気持ちにこたえようと必死の看病でした。

最後の砦(とりで)としていたトイレも、いつも家にいるときにかかっているNHKラジオを24時間かけて、散歩

も。体拭いたり、ひげをそったり

ほとんど身の回りのケアは家族がしていました。看護師さんたちはみまもっていてくれました。

闘病はひっそりと、身内の一番近い人たちだけにしかいわず。

おじいちゃの辛い姿はおじいちゃ自身も見せたくないのは家族みんなが知ってるから。

亡くなった朝、

50年以上連れ添ったおばあちゃしかいない時に静かに息を引き取りました。


私たちは寝台車を呼ばず、

一緒に色んなところに出掛けたうちのマイカーでおじいちゃんと家に帰って来ました。おじいちゃの田んぼ、柿畑を通って、、、

家族やおじいちゃの兄弟しか闘病は知りません。

回りの人たちは、おじいちゃの死を電話で知ったひと、電話では信じられず、家に来て顔を見て死を知った人など、、、うそだろう?って思ったように突然の死だったようです。

おじいちゃんの生き様は誰もかもがすばらしいと言ってくれます。

私は、おじいちゃを誇りに思います。

大好きだよおじいしゃ!



だいすきなおじいちゃはわたしの自慢です!

賞状たくさんで、わたしが血を引く行動派なところは、おじいちゃからです。

誰だれからも慕われるおじいちゃです。

わたしが福祉の道を志したこともおじいちゃの影響力がおおきいです。



と、いうおじいちゃの一周忌法要でした。






いまは、嵐が去った静けさのように、お客さんも減り、

パパの弟の峰竜太似のおじさんがコタツでゴ~ゴ~とクマのようないびきをかいて寝てます(=´∇`=)。



疲れちゃったのでこれから横になります。では。