2009年6月26日の朝
一通り実験を済ませてパソコンを立ち上げたら、yahooニュースの見出しに “マイケルさんの死に衝撃”って書いてあった。
とっさに、「マイケルって、何処のマイケルよ・・・。」って思った。
・・・というか思おうとしたのかも。
でも、頭では彼の名前しかよぎらなかった。
「まさかね~。」って思ってみたものの、心臓がバクバクして何か恐くなってその記事をしばらく開かんかったんやけど、やっぱりめちゃくちゃ気になってニュースを見た。
「あぁ・・・。」
やっぱり・・・マイケル・ジャクソンのことやったんや・・・。
あのマイケル・ジャクソンが・・・死んだん??!!!
頭の処理が追いつかへんだのを覚えてます。
ショックというより、何が起こったかよく分からんだ。
マイケルは人間やってもちろん分かってたけど、
でももう「マイケル・ジャクソン」っていうのは固有名詞になってて、
キャラクターのような象徴のような・・・それくらい誰もが彼のこと知ってるし、居て当たり前の存在やと思ってたんかな。
上手く表現出来ひんけど、とにかくマイケルが死ぬなんて考えられんかった。
ちなみに、その時うちは特別彼の大ファンという訳や無かった。
それでもこんな思いになったんやから、彼が人生の一部又は全てやったファンの方々がどんな気持ちになったかなんて、本当に想像すら出来ません。
でも、ファンの人もそうでない人もみんな同じ事を思ったはず。
“一つの時代が終わってしまった” って。
著名人を含め多くの人のブログはマイケルの記事で埋まって、
「ポッカリと大きな穴が空いたみたいに、心が空っぽになった。」 と誰もが書いていました。
うちも全く同じ気持ちやった。
なんでこんなに寂しいんやろ?って。
最近はゴシップのイメージしかなくて何となく変わった人なんやって思い込んでしまってたけど、彼が居なくなった瞬間に思い出したのは活き活きと歌ってるマイケルの姿でした。
イタリアに行った時に偶然放送されてたブカレストライヴの映像を見て、あの衣装と(笑)、観客が泣き叫びバタバタと失神していく姿にカルチャーショックを受けたのを思い出しました。
あの観客達はどんなに悲しんでることやろう・・・
何だかやり場の無い喪失感に支配されて彼の音楽を聞こうと動画サイトに行ったら、世界中の人々が哀悼のコメントを書きこんでいました。
欧米やアジアだけでなく、中東、アフリカまで本当に世界中の人々からの膨大な数のコメント・・・。
ようやく理解しました。
この人は、ホンマにスーパースターやったんや・・・って。
それから毎日、彼の音楽を聴いて動画を見ました。
聴けば聴くほど、見れば見るほど、今まで知らなかった彼の才能や人間性が次々と見えてきて一気に惹き込まれました。
なんてこった・・・こんな素晴らしいものを今まで知らんかったなんて・・・。
マイケルはスリラーやバッドだけや無かったんや・・・。
大好きな曲がマイケルの曲やったなんて知らんかったよ・・・。
なんでイタリアでもっとちゃんとライヴ見とかんかったんやろ・・・。
こんな素敵な人やったなんて・・・。
なんで、なんで、なんで・・・
ものすごい胸が苦しくなりました。
彼の音楽や作品を見逃していたことも残念やったけど、何よりも彼の人間性を知らなさ過ぎた事が一番辛い。
メディアが作り出した彼のイメージを鵜呑みにしてた訳じゃないけど、あまりに無頓着だった自分に腹が立った。
“愛の反対は憎しみではなく、無関心”
本当にごめんなさい・・・
こんなに彼は音楽や作品の中でメッセージを送っていたのに・・・
優しい笑顔、穏やかな話し方、子供に触れる優しい手つき、ファンへの思いやり、なんで気付けなかったんよ・・・
誰よりも人を愛し、世界中に興奮と感動を与え、平和を訴えて本当に沢山の行動を起こしてきた彼が、
メディアに攻撃され続け、沢山の誤解や偏見を受けたままこの世を去らなければならなかったことが悔しくて悲しくて仕方ないです!!
そして私と同じように、マスゴミによって彼の素晴らしさを知る機会を奪われてしまっていた人がどれだけたくさん居ることか!!!
だから、マイケルの誤解を解くために何かしたい!!
もっと彼の素晴らしい作品を知ってもらいたい!!
そんな想いから、今後このブログではマイケルの事について色々書いてくことにしました。
日常の事も書くかもしれないですが、どうか少しでも見て頂けると嬉しいです。
長い文章を最後まで読んで下さってありがとうございました。