死に対峙する | ちょっち、「代表取締まられ役」が考えたこと。

死に対峙する


また、知り合いが死んじゃった。

人は何故死ぬのだろうか。それは生きてるからだろう。では、何故生まれたのだろうか。死ぬために生まれたのではないはずだ。でも、生まれた途端に死がくっついてくる。

人(赤ちゃん)が生まれると生きている人達は"喜ぶ"。人が死ぬと生きている人達は"悲しむ"。

生まれた人は"喜ぶ"も"悲しい"もなくて、生まれるのに一生懸命。じゃあ、死ぬ人はどうなんだろ?"喜ぶ"も"悲しむ"も生きている人の感覚だし…。死んだことがないからよくわからない。でも、勝手に想像すると「しまった!」みたいな"悔しさ"ではないかと思う。

いろいろ考えると、死んだ人に生きている人が"悲しい気持ち"を持つのはそぐわない気がしてきた。きっと、死んだ人の"悔しさ"を想うべきなんだ。悲しんじゃいけない。"お悔やみ"とはそういうことだと私は思う。

おしまい