815と911 | ちょっち、「代表取締まられ役」が考えたこと。

815と911


8月15日、批判を受けるのを承知の上で私が考えたことを書きます。

終戦記念日が近づくと戦争の悲劇をマスコミが様々なカタチで取り上げる。それは決して悪いことではない。しかし、…。

現在の戦争は宗教戦争の様子を呈しているが数十年前、太平洋戦争の頃は国と国の戦いだった。国と国は終戦後に勝戦国と敗戦国に分かれるのだけれど戦時中は国民の家族という観点からすれば互いに被害者であり、加害者でもあった。

それだけではない。

地理という、どうしようもない理由で戦争に巻き込まれた被害国もあった。多くの東南アジアの国々は被害国であり被害者である。

日本人の被害者意識は加害者意識の放棄ではないだろうか。

911におけるアメリカの報道はテロという観点で偏向している。テロの種を蒔いたのは米国、それ以前の数百年前からの中東支配に始まる。

私は本心から思う。原子爆弾もテロも許せない。

しかし、それを語り継ぐには自ら犯した愚かさを前提としなければ風化する。そして、過ちだけが繰り返される。