ソファー | ちょっち、「代表取締まられ役」が考えたこと。

ソファー


私の20代後半は、無茶苦茶に酒を飲んで、目茶目茶に仕事をしていた時期だった。当時、属していた会社はもう無くなってしまったが、私の記憶は今でも鮮明だ。

夕方6時を過ぎたらその会社では酒が解禁されていた。私はウイスキーを湯飲みに注ぎ、3日でボトル1本が空になるペースで飲んでいた。

夜も9時を過ぎると人もいなくなり寂しくなった私は仕事をした。広告を担当していたこともあり仕事を作ろうと思えばいくらでも作れた。

0時近くになるとさすがに疲れ、私は会社の会議室に行った。そこには本皮の大きなソファーがあった。そして、いつものように倒れこむ。それから両手を頭の後ろに組み仰向けで天井を見るのだ。本皮の香りが身を包む中、いろんなことを考えた。しばらくして私は目を閉じる。ニューヨークの5番街53丁目にある高層ビルの外からはいつも救急車のサイレンが聞こえ、黒人が大声で喋っているのが聞こえた。

目が覚めるといつも深夜の2時過ぎだった。私はタクシーで帰宅する。それから酔い覚ましにシャワーを浴びて本業に取り掛かるのであった。本業とはアーティスト。自分の背丈より大きなキャンバスを相手に格闘していた。絵筆で色をキャンバスに置く、そして離れて見る。腰掛ける場所は道で拾ってきたボロボロのソファーだった。スプリングは凸凹なのだが妙に愛着があった。会社の本皮ソファーとは対照的に自宅のそれには使用していないキャンバスをかぶせた粗末なものだった。

鳥の泣き声が聞こえて朝も7時になる頃、私は寝た。そして9時に出社。そんな生活を数年続けた。

日本に帰国して4年が経つ、今の私は悲しいかなアーティストではない。作品を作っていない芸術家なんて存在価値はない。経営する会社が軌道に乗って一日でも休める日を作り、作品を創る時間を確保するために私は力を振り絞っている。

その日がやってくるならば私は、製作途中の作品に対峙するための専用ソファーを購入する。芸術家に必要なのは画材だけではない。