「やりたい族」と「なりたい族」
読み残した本が山積しているのでしばらく新しい本は購入しなかったのだが先日我慢できなくて「プロ論」─B-ing編集部編─を書店のレジに持っていった。
その中で木村剛氏のコラムに、世の中には「やりたい族」と「なりたい族」がいる、とあった。「やりたい族」は何かをやりたいから頑張る人たちで、「なりたい族」は、例えば社長になりたい、偉くなりたいから頑張る人たち、だそうです。
こんな文章を読むと「やりたい族」の方がいい訳ですが、「なりたい族」も自分らしさが社長や偉くなることと一致しているのがベストではないかと私は思います。とはいえ、そんな人は、んー、すぐに思いつくのはヤンキースの松井秀喜選手くらいだなあ。
その中で木村剛氏のコラムに、世の中には「やりたい族」と「なりたい族」がいる、とあった。「やりたい族」は何かをやりたいから頑張る人たちで、「なりたい族」は、例えば社長になりたい、偉くなりたいから頑張る人たち、だそうです。
こんな文章を読むと「やりたい族」の方がいい訳ですが、「なりたい族」も自分らしさが社長や偉くなることと一致しているのがベストではないかと私は思います。とはいえ、そんな人は、んー、すぐに思いつくのはヤンキースの松井秀喜選手くらいだなあ。