今年の初投稿
え、乗っかっているだけ?
乗っかっていきますとも!
だって大好きなんですもの
宮崎駿さんも鈴木敏夫さんも、米津玄師さんも!!!
そして映画「君たちはどう生きるか」ももちろん観ましたし
「地球儀」は日々ループ再生
映画の内容はもう何回か見ないと理解できない難解さでしたので端折りますが
映画にまつわるドキュメンタリーやインタビュー、作品が出来るまでの「過程」が何とも面白くて人間愛溢れ
そこに関わった方々の生き様が凄すぎて、物を生み出すということ、やり遂げるということ、作り続けるという事について考えさせられた事と、少し前に書き初めで今年の目標を書こう!
という機会に巡りあえた事もあり、去年一年を振り返りつつ今年はどんな年にしたいかな?
と思い巡らせたく、このタイトルにしてみました。
では早速、今年私はどう生きるのかといいますと
「自責を意識する」
兎にも角にも、悩んだり落ち込んだり、妬んだり自己嫌悪に陥っている時は必ず
この言葉が腑に落ちていないからなのだと痛感する
この意味が、体に染み付いていないのだと
特に、子育てしていると
どうしても子ども達に「振り回されている」「ペースを乱される」
時には全てがひっくり返された!
様に感じ、遠い目をしてしまう
それでも世間は責任の所在に敏感で、何かあればすぐ自己責任!
貴方が生んだんでしょ?
という風潮が強まって来ていますが
今日言いたいのはそういう、突き放した感じでは無く
「全ては自分で作り出している」
と言う事
自己責任と言うと
「自分が悪い。終わった」
という負のイメージがあるし、言う側も責任をなすりつけている様に感じるけれど
「全ては自分が起こした事。なるべくしてなっている」
眼の前で起こる全ての事に意味がある
毎回毎瞬、そんな事を意識していられないけど
ショッキングな出来事程その「意味」を自分自身で決めて、見い出していったら良くて
責任自体や感情には、悪も善もないんだし
あなたの責任ですと言われたところで、その重さに物理的に押し潰されて死ぬわけじゃない
あるのはただただ
これから何を選ぶのか?
という事だけで
その選択が正しかったのか間違っていたのかは
自分で決めたら良い
人生のコントローラーを握っているのは、自分しかいない