相変わらず人のせいにばっかりしてるいやな人って印象(他人には好かれなさそう)だけど

言いたいことはよくわかる。

書いててくれてよかった。

 

『あなたはダメ』『あなたはダメ』『あなたはダメ』
 
『今のあなたはダメ』
 
こういうメッセージを、外側からかどうかはともかく私は受け取り続けている。
 
多分この『私はダメ』って感覚的なものでいうと『不安』のことだったんだと思う。
 
『今の自分はダメ、不安だから、変わることでそのだめとか不安を取り除けるはず』
みたいに考えて、いつも自分を救ってくれそうなコンテンツに飛びついては
痛い目を見てきた。
その繰り返し。
 
答え?と言えるかわからないが
『その不安』にまず耐えること、つかることが必要であって
不安から起こる『自分を良くしないと』は本質は強迫みたいなものだから
まずその衝動は置いておいてもかまわなかったのではと。
 
その衝動でいわゆる『いいこと』もあったから全部だめではないのが
なんか判断にこまるところだけど。
 
人に聞いて判断してみたらとも思うけど聞けない。
 
頑固さを感じる…。

今日はすっきりしてる。

生理終わり賭けだからかな。

 

いつもはイライラしまくって

気が狂うんじゃないかってほど

辛いからなあ…

私は毒親育ちでまともな感覚が育たなかった。

この感覚をまともの戻す方法は存在するらしいけど

 

歯医者に行けば虫歯は処置できる。でも

歯医者に行けない病気を患ってる。

だとしたら

方法が存在すると言われたって

そんな方法ないのと一緒だよね。

アフリカの植えた子供に『日本はご飯たくさんあるよ』

とか言われたって困るだけだ。

 

 

 

 

私には健康に戻る方法がなかった。

 

この自分を受け入れて生きるにはどうしたらいいか

なんてことさえわからないんだけど

 

ある程度今の自分を諦め認めながら生きないと

ただの時間の無駄だって気がする。

 

『何かを良くする改善する』って生き方って

実は虚無的だよね。

 

アフリカの子供が『日本にはご飯あるのに』とか考えながら生きたって

無意味でしょ。

そんなこともがいているうちに日が暮れる。

人生が終わる。

だから虚無。

 

私はもしかしたら『手に入らないご飯』を考えて生きてきたのかな。

まさにないものねだりだね。

 

「普通の幸せを求める」って、飢えた心はやりがちだけど

『無駄な努力で人生終わる』っていう感覚を

得るような気がする。

 

だから、今の自分ができることの方に目を向けていると

充足した気持ちになるのかもな。

 

その充足さえ不安感の保全でしかなくて

結局は無意味なのかもしれないけど。

目下毒親子育て中のブログを見る。

 

母親がよくわからない理由で離婚したその後の話なんだけど

息子が母親の腕枕とかじゃなく胸の上で寝てたのね。

全身を母親の胸腹おまたにぴっとりって体制だと思う。
 

母親として無能で頼りなくて冷酷で無関心でも

息子って母親にべっとり依存しまくるんだと

興味深かった。

 

その息子母親のそばにいるのが安心するらしいのね。

でも母親頼りなくて無能だから本当は不安なはず。

 

愛着障害に片足突っ込んでんな。

 

将来楽しみ。

 

その家の長子ちゃんはちょっと賢いから

早く母親見捨てて自立して幸せになってほしい。

振り回される人が少ない方がいい。

 

幸せになろう

大人になろう

問題を解決しよう

 

それらに対する執着はひどかった。

 

今はそういうのが少し減った。

 

ものすごく無意味でくだらない単純作業が

自分を満たすからだ。

 

それは他人の真似事だった。

 

模写みたいなものだ。

 

自分がない私はしたいこともなく

だけど『巧いあの人』のまねごとをすることで

何らかの達成感を得られるのだ。

 

プロの歌に合わせて自分も歌うとき

プロになれたような錯覚を得る。

 

くだらないが、それが楽しい。

 

 

 

怖いと思うことがある。

これでいいのかと思うこともある。

価値が低いと感じる。

 

でもそれじゃダメだという声は

たぶん他人の目を必死に気にした

自分自身の声だったんだろう。

昔の私って何か知ってるつもりだったんだなって感じる。

実際は何も知らない。

言い方を変えるなら、何にも興味がない。

 

多分だけど欲深だったんだと思う。

 

私は普通にしてるとおかしなことを言うらしい。

なので他人に対しても自分に対しても

基本的には『正しいのは何か』という基準で話す。

正直には言わない。

 

でもこれやると自己肯定感駄々下がってく気がする。

っていってもじゃあ正直になろうと思うかっていうと

信じてない人に対してあけっぴろげになるわけがない。

絶対やだ。

あっかんべ。

 

世の中のどんな憤るような出来事も楽しいことにも

旅行お洒落漫画アニメやドラマや小説や映画や食事や健康やスピにも

特に関心はないので

『どう思うのか』ということを聞かれても困る。

 

だから人と会話するのがひどく苦痛だった。

 

なんでそんな自分が今まで何かに必死でいられたのかわからない。

じたばたじたばた。

それって全体的に『幸せになろうとする動き』って雰囲気のものだった気がするけど

どっからそのバイタリティが出てくるのか。

 

たぶん自己防衛になると信じてたからやってただけだと思う。

『みんなと同じじゃないと』とか

『なんか知らないけどやらないと相手が不機嫌になるし

ご飯や寝床や興味なくだらだら生きるための空間が消えるらしいから』

そんな理由で。

 

でもそういう無駄な余計なことしてると

余計に自分の本当の姿がわからなくなってく。

自己肯定感も下がる気がする。

 

生の私っていうのが見えなくなる。

 

前に進もうとすればするほど、混乱のようなものが深まっていく。

知らないのに知ってることにしなくちゃいけなくなる。

 

私の願い?

あるとすればぼけーーーーーーーーっとすることなんだと思う。

この今のだらしない人生を生きるのが好き。

病気も痛みも怖いけど

もうそれらがどうでもよくなってるんだよね。

不愉快でうざいけど興味もないみたいな。

ガルちゃん見てて

『地獄ってこの世のことじゃないかな?』って言ってて

『まさにその通りだ』って

覚醒のような気持ちになった。

 

刑期80年前後の長い地獄。

 

だから私、死ねたひとを羨ましいって思っちゃうんだって。

だって刑期終わったってことだもん。

 

この世って地獄だったのか。

そりゃいくら努力したって状況代わるわけないやん。

 

しかも別に何か具体的な罪があるわけじゃないんだよ。

ただ単に神様の虫の居所が悪い程度の理由で堕とされたって感じ。

 

あーあ。

死ぬまで(刑期終わるまで?)ながそう…

あまりに無神経でバカなので

コロナで死んでくれないかな。

 

しねしね死ね死ね。

 

人を呪わば穴二つって言うけど

感情を出すくらいは許してほしいわ。

 

 

いい話で終わってるけど

いい話にはあまり聞こえなかった。

 

しいていうなら口先だけが立派で実態が実は伴ってない系の。

 

あらすじ

『従姉とそれに育てられた主人公』

なんだけど

『親がいないからって恥じるような人間になってほしくない』って

これ実は子供からすればしんどい。

親がいないのは主人公のせいじゃないからね。

余計な重荷なんだよな。

そのせいで主人公、中学の時に授業中に妄想するようになったし

『ブスしかいないからだれとも付き合えない』なんて自分の非モテ

言い訳するほど自信のない子になっちゃってる、ように見えるんだよな。

 

まさに私と同じルサンチマンに育ってる。

何が立派なんだか。

学歴だけじゃん。

 

従姉さん、そこまで自信がないなら養育なんてしなきゃよかったのではと思うけど

実力というか本心が伴わないのに若くして兄弟を育てたがるって人は

寂しかったのかなって思う。

 

『良い話じゃない』ならいい話じゃないで全然かまわない。

 

主人公は見捨てられないように従姉の立派な言い分の言うなりに生きてました。

主人公は彼女を作るのに気後れするほど非モテだけどそれが認められません。

従姉は高校生の育て子がいる状態で彼氏作って主人公にも彼氏にもいい顔しようとしてました。

そして従姉は若くして死にました。
従姉の彼氏は面倒見てくれると言ったけど、信用できないので手は借りません。
 
この事実を隠したままいい話にしようとするから
いい話風のBGMに違和感マシマシだったんだよね。
 
世の中にはいい話風どきゅん話が絶えないと思ったけど
皆こういうのに適当に、無責任い感動するものなんだなって
主人公に応援メッセ送る人に対して思った。
 
私は他人の顔色うかがうけど、
こんな無責任な他人の言うこと聞いて生きなきゃならないなんて地獄だ。