2009年8月30日に行われた第45回衆議院総選挙の結果、民主党は大勝し308議席を獲得、1996年の結党以来の念願だった自民党を破っての政権交代を果たした。それまで長期に渡って政権の座に就いていた自民党政権は、(例外的に長期政権を維持した小泉純一郎政権を除いて)首相が毎年のように交代する有様であり、特に2007年の参議院選挙以降、野党に過半数を獲られ「ねじれ国会」と呼ばれる衆参の多数派政党の異なる状況に、政権運営は行き詰まっていった。
その結果、政権は何も出来ないまま国民の求心力を大きく失っていき、サブプライム・ローンやリーマン・ショックに端を発した世界同時不況も重なり、日本の政治は90年代の「失われた10年」を再び繰り返すかのように迷走を続けていった。
そんな中で1993年の細川護煕連立政権以来の政権交代が16年ぶりに行われたのであった。「古い政治」の象徴のように揶揄された自民党が去り、世論はクリーンで国民目線を訴える民主党を選択し、鳩山由紀夫政権は、概ね70%超の高い支持率をもって迎えた。
しかし、無駄削減を謳っていた民主党政権においても財源が捻出できずに平成22年度一般会計総額は92兆2992億円、新規国債は44.3兆円と国債依存度48%と過去最高を記録した。財政規模は拡大しながらも「子ども手当」は全額支給できず、「高速道路無料化」も一部区間を実験的に行っているだけとなった。さらに小沢一郎幹事長と首相自らの“政治とカネ”の問題が発覚し、野党時代は「秘書の責任は政治家の責任」と主張していたクリーンなはずの鳩山首相も窮地に追いやられた。
普天間基地移設に関する問題では、首相の朝令暮改的な対応に日米関係は悪化し、沖縄県民を翻弄し続けた。その後、社民党の連立離脱をきっかけに政権は崩壊、わずか10ヵ月足らずで鳩山首相は辞任することとなった。
後任の菅直人首相の就任わずか3ヵ月後には、政治とカネの問題で幹事長職を辞任したはずの小沢前幹事長と菅首相が党代表選挙を争い菅首相が勝利したのだが、代表選挙の最中に尖閣諸島付近において、中国船が海上保安庁の巡視船に衝突し中国人船長を逮捕するという事件が発生し、しかも、中国の強硬姿勢に屈したような形で船長を釈放するという顛末は、民主党政権が持つ国家主権の何たるかを内外に示した結果となった。
民主党政権に最も期待された景気も一向に回復していない。この20年間、日本経済はほとんど成長が止まっている状態である。
あれから1年余りを経て民主党政権は、その支持率と期待に見合った政治を実行出来たのだろうか。政権交代すれば全てが劇的に変わるというのは幻想であると民主党政権によって証明された。それは決して国民が期待した政権交代の姿ではなかったであろう。もはや今の日本の状態は、「失われた10年」ならぬ「失われた20年」とも言える状況になってるのではないないだろうか。