ありがとう。
どうもマッツォです。
今回のブログは少し重たい話。
苦手な人は見ないでね。
鋼鉄製の骨。
長年、彼女のおばあちゃんの大腿骨の一部の代わりをしていたものです。
先月、彼女のおばあちゃんが亡くなりました。
今日で四十九日があけたのでご報告。
享年95歳の大往生。本当ギリギリまで元気に生き抜きました。
そして、自分が北海道に引っ越した理由が、実家でおばあちゃんの介護をする彼女のサポートをする為でした。
介護で彼女が家を離れられなくなって、一年ほど会えない時期が続いた頃、自分さえ良ければ北海道に来て欲しいと言われ、普段は色々な変化を嫌う自分でしたが、不思議と不安はなく北海道へ引っ越す事を決めました。
北海道での暮らしはかなり長くなる事を覚悟してましたが、自分が北海道に来てから一年半後の事でした。
自分がやることと言えば、毎日の料理や車の運転、時々おばあちゃんと話をしたり。
それ以外はいつもどおり物創り。
物創りは場所を選ばないので、こういう時は便利だなぁと思ったり(笑
自分が引っ越して来た頃のおばあちゃんは、少し痴呆症になってはいたものの、食べるご飯の量は自分よりも多くて、食べ物の好みもハンバーグなどガッツリしたものが大好きで。
自分のことは、はじめは孫の誰かと思っていて、その内新しい孫と認識するようになり、痴呆でいろいろな事を忘れてしまう中、自分のことを覚えてくれたのが嬉しかった。
ご飯をもりもり食べる元気な頃から、食が次第に細くなりベッドから起きれなくなって、最後は意識も朦朧とした状態になり、朝起きた時には亡くなっていて、触った時にかすかに残っていた温度。
彼女のおばあちゃんとは短い間だったけど、自分の実際の祖父母が亡くなった時、中学校や高校の頃の友達が亡くなった時よりも、人が死ぬという事はどういう事なのか、人がひとりいなくなるというのがどういう事なのか、それを自分に教えてくれた人でした。
おばあちゃん、ありがとう。
写真のものは、火葬したときにみんなが置いていったので、許可を得て引き取りました。
本物の骨と比べたら全然美しくないけれど、自分の持っているどんな骨よりも死というものを教えてくれる骨です。
最後に、長い間おばあちゃんの介護をしてきた彼女に、本当にがんばったねと言いたいです。
付き合い始めてすぐの頃なので、もう8年以上。
これからの自由時間、まだ何をしたら良いか分からないけど、少しずつ自由の使い方を見つけて行けたら良いなぁと思います。
