皆様 あけましておめでとうございます。
我が家の三が日はあっという間に過ぎました。
元旦は我が家に子、孫が全員集合。
2日は娘の誕生祝を兼ねて女房の実家に集合。
お誕生祝い
のケーキです。
じゃんけん![]()
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で勝った人から好きなケーキを取っていくルールなんだけど、
昨年は孫息子が一番負けて涙を浮かべてしまったので
、今年は孫二人に、
「どれにするの?」 と一応聞いておいてからじゃんけん大会を開始しました。
結果、孫娘が一番負けてしまったけれど、皆「忖度」して孫娘の ケーキを残して
おいたので笑顔で終わりました。
孫息子まで「お兄ちゃん」として「忖度」ができたので成長が嬉しかったね。![]()
(↑初詣の深川神明宮のお守りです。)
誕生祝いの後は、これまた恒例の三浦半島の長者ヶ崎で初夕陽参拝。
孫は石投げをして遊んでいましたが、従妹同士でも投げ方が似ている
やはり私の遺伝子を受け継いでいるんだなとちょっと嬉しくなったね。
(↑ジジバカだね^^;)
海岸には40分くらい居ましたが、水平線の彼方の雲が厚く、日の入りを諦めて
帰りかけたら急に雲に切れ間が出来、夕陽を拝むことが出来ました。(^。^)y-.。o○
昨日の3日は江東区レクリェーション協会主催の「深川七福神と史跡めぐり」に参加。
(画像は「こうとう区報」から拝借。少し編集してあります。)
約3時間の深川七福神めぐりのトリは「深川神明宮(ふかがわしんめいぐう)」。
七福神の中で一番人出が多かったです。
深川神明宮は東京の「深川」の発祥の地です。
以下興味のない型はスルーしてください。
今からおよそ四百年の昔、現在の深川一帯は葦の生い茂る三角州で、住む
人も まだいませんでした。その頃、深川八郎右衛門(摂津の人と伝えられる)
が一族 を引き連れてこの地に移り住み、土地の開拓に着手しました。
八郎右衛門は神 さまを敬う心が篤く、屋敷のうちに小さな祠を建て、日頃から
崇敬する伊勢神宮の 大神さまのご分霊をお祀りし、開拓民の幸せと、深川の
地の発展を祈念しました。 これが、深川神明宮の起源です。
深川神明宮の約300m南に小名木川がありますが、当時はこの小名木川以南は
まだ海だったそうです。
徳川氏の関東入国から間もない慶長元年(1596)、家康公が当地を巡視された
お りに、深川八郎右衛門を呼びよせ、地名を尋ねました。「まだ住む人も少なく
地名 もない」と応えると、家康公は八郎右衛門の姓「深川」を地名とするよう命
じました。 深川の地名の発祥は、神明さまの鎮座する実にこの地なのです。
以来、深川の 地は江戸の繁栄とともに賑やかな町となり、深川氏は開拓の功績
により代々深川 二十七ヶ町の名主を務めました。
(以上、深川神明宮HPより引用)
深川は江戸時代の文化が色濃く残る町です。
6年ぶりに御朱印の色紙をいただいてきました。
ご利益あるといいな
お土産(参加賞?)の手拭い。どうやって使おうかな
深川は伝統があるけれど、名物は「深川めし」くらいしか思いつかないのが寂しい。
(他の名物さんごめんなさい![]()
)
主にアサリとネギを使った料理なんだけれど、「深川めし」は炊き込みタイプ、
「深川丼」はぶっかけタイプという意見もあり、またどちらも同じという見解や、
まとめてアサリ飯と呼ぶ言い方もあるようです![]()
ちなみに有名店の深川釜匠さんではメニューに深川めしと深川丼ぶりの両方が
ありました。
呼び方がはっきりするまでまだまだ年月がかかりそう。
「アッサリ」とは決着がつきませんね ![]()
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(画像は深川釜匠さんのHPより拝借)
それでは本年もよろしくお願い致します。![]()