幸福感は欲求が満たされた時に感じるようだということを書いた。
幸福感とは、いくつかの条件、この条件は人によって違うと思うけど、
自分が幸福になる条件が揃って自分が満足している状態、変化の無い安定した状態に感じるものだと思っていた。
つまり、不満や欲求が湧いて来なくなる、安全・安定のようなことが幸福感を感じる要因だと思っていた。
しかし、最近の病状の変化によって欲求の内容が大きく変わる経験をして、
幸福感とは、欲求が湧いてその欲求が満たされた時に感じるもののようだと考えが変わった。
よく考えたら、ぼくが安全、安定のようなことが幸福感を感じる要因だと考えたのは自分が安全・安定を求めている、
そういう欲求を持っているというだけのことだと思う。
例えば、甘い物が美味しく感じられないなら、
甘い物が食べたいという欲求が湧いていないから甘い物を食べても満足するどころか甘ったるいと感じたり、
食べることが大好きだったとしても食欲が湧いていなかったら、
無理やり食べても美味しくないだろう。それどころか気持ち悪かったり苦痛を感じたりするだろう。
そうなると、甘い物や食事を求めるプライオリティが下がって、そうじゃない人とは生活も変わって来るだろう。
幸福感は状況や状態が変化した直後に最も強く感じる気がする。
欲求湧いて、その欲求を満たされるというのがこれに当たると思う。
その幸福な状況・状態は変わっていなくても、時間が経っただけで幸福感が薄れて行くと言うか。
ぼくは欲求は良くないもの、不幸の元凶くらいに思っていた。
欲求や不満が湧くから不幸を感じるという捉え方をしていたのだ。
欲求が湧くから人はいろいろしなくちゃいけなくなる。現状で満足できなくなる。
それが高じて他人に危害を加えたり、傷付けてしまうのもそのため、そんな風に思っていた。
でも、今はそうは思わない。
不満や欲求が湧くから幸福感を感じられると思うのだ。
状況や状態はどんどん変化する。
同じ状態で留まることがそもそも出来ないのだ。
だから自分がどの方向に変われば良いか?という指標として不満や欲求が湧くのだと思う。