散歩していて気付いたことだ。
この散歩中はずっと良い気持ちでいることにトライしてみた。
良い気持ちとは、状況が良いと感じることかと思っていた。
ツイてるとか良いことがあったとか、陽射しが暖かくて気持ち良いとか、風が涼しいとか。
でも今日は突然それは違うんじゃないか?と思った。
それって全部判断じゃん!って。
頭で「これが良い気持ちだ!」と決め付けていたのだ。
そうすると本当の良い気持ちって何だろう?
歩きながら、いろいろ歩き方を試してみて感じ方の違いを観察してみた。
すると、温泉に使っているようなホワ~っとした感じがする体勢と言うか歩き方を見付けた。
これだ!と思って、それで歩き続けた。
それはなるべく身体から力を抜いて、ダラダラとした歩き方になった。
口も半開きで、ちょっと他人には見られたくないと思ったぐらい、何と言うか無防備な姿だ。
しかし、そうやって歩くと凄く気持ちが良い。開放感が有って、歩くのが楽しい。
楽しいと言ってもウキウキしてるみたいなはっきりした感情ではなく、
何となく楽しい気がするという、感じてるか感じてないか分からないくらい仄かな感覚だった。
そして、何も考えていない。
ボーッとしていて、目にしてる景色もちょっとピンぼけ。
目の焦点が完全に合っていない、と言うか、何処か一点を凝視せず全体を眺めているという感じ。
そんな状態でしばらく楽しく歩いていた。
ふと気付いたら車が走って来て駐車スペースに停まった。
と思ったら、そこからバックで移動して駐車禁止区域で停まった。
それを見て、「あんな所に停めちゃダメでしょ!」と思ったら一気にいつもの状態に戻った。
ジャッジして責める気持ち、つまりエゴが戻って来たのだろう。
馴染みの感じだったけど、同時に厭な気持ちでもあった。
その時気付いた。
これがいつも感じている気持ちだ、と。
ぼくは通常、常に厭な気持ちで居るようだと気付いて驚いた。
と共に、妙に納得してしまった。
ぼくはいつもエゴと同化してて、嫌な気持ちで生きて来たようだ。
良い気持ちで居るという状態を経験してみないと、厭な気持ちで居るという状態も分からないようだ。
両方経験しないと分からないのだ。
特に、常にどちらか一方の状態で居る場合は分からないと実感した。
常に良い気持ちで生きるってどんな感じだろうか?
そんなことが出来たら人生が変わる気がする。
常に嫌な気持ちの人ってけっこう多いんじゃないかとも思った。