自分が誰に対してしたり言ったりすることも、実はそのまま自分にも言っているようだ。
どうやら、対象が出も誰でも関係無いらしい。
関係無いと言うか、誰かに言ったり思ったりすることは漏れなく自分にも言ったり思ったりしている、と考えて間違いないようだ。
だから、誰かを責めたら、同じ内容で自分も責めてると考えて良い。
如何に他人に落ち度があって、どう考えてもその人が悪いと思えても、
どれだけ多くの人がその人を責めたとしても、自分がその人を責めない限りは関係無い。
しかし、一度でも自分がその人を責めれば、自分も同じことで自分を責めているようなのだ。
だいたい、起こってしまったことで誰かを責めても、その出来事は済んでしまっているので取返しはつかない。
他人なり自分なりを責めるというのは、そうすることで気晴らしをしたいからだと思う。
誰かを責めることで、その件に関しては自分には責任が無いと思えるのだろう。
自分の判断は間違っていないと思いたいのかも知れない。
おそらく、それは思考と自分を混同しているからだろう。
自分の思考が正しい=自分が正しい、と思えるのかも知れない。
他人のブログを読んで、
「次からはこんな下手な文章なんか読むか!」と思うことがある。
これはこのまま自分にも言っていることだと気付いた。
「誰がぼくの書いた文章なんか読むか!読む訳ないだろ!」
と思っていたのだ。
これではフォロワーが増えないのも頷けると言うものだろう。
責めることばかり書いたけど、もちろん、逆も言えるだろう。
誰かを褒めたり凄いと思ったら、自分を褒めたり凄いと思っているということ。
「じゃあ、積極的に他人を褒めて行こう!」とはならないのは、
無意識に自分を許していないからだと思う。