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自分世界探検家のブログ

人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

youtubeで動画を観ていた時、

並んでいたサムネイルの1つの中の文章が目に飛び込んで来た。

 

「あなたが必死に隠していることは何ですか?」

 

ぼくは何かを隠しているかな?

と考えたら、即答で、
「嫌な奴だということかな」と出て来てビックリした。

 

しかし、そう考えてみたら、そうかも知れないな~とすんなり同意する気持ちが出て来た。

そしてちょっと楽になったような気もした。

 

自分の事を嫌な奴だと、顕在意識で考えたことはほとんどなかった。

 

それが、こんな考えがポロッと出て来たのは、

潜在意識で考えていることだろう、と思った。

 

 

そう思って思い返してみるといくつか思い出した。

 

両親など、身近でたぶんぼくに対して気を許している人が、

失敗したり、くだらないことを言って来たりすると、イラッとして嫌味を言ったり、無視したりする。

 

映画やドラマで、間抜けな登場人物が出て来ると「死ね」と思う。

そして本当に死ぬと、暗い喜びのような気持ちが出て来るのを認めないようにしていた。

 

アクション映画で、犯人が無差別で攻撃しながら主人公を追っているようなシーンで、

群衆が邪魔になっていると、「全部死んでしまえ」とか思う。

 

情報を発信している人の発言などで、ぼくと意見が違うと、間違っていると考え、

バカだと思って溜飲を下げる。

 

病気になった自分に対して、「ざまあ見ろ」と思うことがあった。

 

などなど。

 

 

このブログも、

ぼくは読み返したりしないので分からないけど、

鼻に付く内容になっているかも知れないな~

 

 

そうは思うけど、それが今のぼくなんだからしょうがない。

そして、そう思える自分が嫌いではないな、と感じている自分が意外だった。

 

嫌な奴の末路が今の自分なら、思っていたほど酷くないという気がする。

友人はほとんどいないけど、面倒な付き合いをしなくて済むのは楽だ。

 

思った通りに振る舞って遠慮しなくて済む。

 

これでも未だに体面は気にしていた。

そんな自分が嫌な奴だと気付いたら、今までよりももっと自由になれる気がする。

 

良い人だけど、自分が嫌いという状態よりも、

嫌な奴だけど、自分が嫌いではないという状態の方が行き易いんじゃないだろうか。