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自分世界探検家のブログ

人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

以前書いたような気がするけど見当たらなかったのでここに書いておく。

 

適応障害という診断を受ける前、何ヶ月か前から自分は何かおかしい、上手く行っていないとは感じていた。

つまり、適応障害による各種の症状が出ていたということ。

 

しかし、それでも自分では異常だと考えてはいなかった。

 

今考えるとと変な話だと思うけど、そのことについては疑問に思ったことは無かった。

たぶんそれだけ異常な状態だったのではないだろうか。

でも当時は全然おかしいとは思わなかった。

だから、いろいろな病状が出ていて、検査をしても原因が見つからなかったのに、

最終的に適応障害という診断を受けた時は正に青天の霹靂だった。

 

その頃は毎日がつまらない事の連続で、死にたい、消えてしまいたいと頻繁に思っていた。

2階以上の場所に行く度に「ここから飛び降りたら死ぬかな?」と思った。

電車のホームに行けば「線路に飛び込んだら死ぬかな?」と思った。

しかも、時々生きているのが嫌で嫌で堪らなくなることもあった。

なぜ自殺しなかったのかは分からない。

怖いというのはあったけど、両親を悲しませたくないという考えが大きかった。

今考えると、それは生き続けるための方便だったように感じる。

 

しかし「死にたい」と思っていたことは本当だった。

 

それは全てに対して関心が低いという形でぼくの生活に影響していたと思う。

他人に興味が湧かない。

 

他人の話を聴いて何になるのだろうか?と思ってしまうのだ。

だから、友人関係を続けようという努力が出来なくなった。あっと言う間に友人がいなくなった。

でも、面倒な気遣いをする相手が居なくなってせいせいしていた。

 

小説が読めなくなった。他人の物語なんか読んでもしょうがないと思っていた。

映画も観られなくなった。他人の人生、活動だと思うと興味が失せるのだった。

音楽も興味が無くなった。

 

それでも、そんなものだろうと思っていた。

 

そしてある日起きたら左耳の中でゴソゴソという音がしたかと思ったら聞えなくなった。

その代わり雨が降っているような耳鳴りがずっと続いている。

病院に行って聴神経腫瘍が見つかった。

それももう5年以上前の話。

数年前に放射線治療を受けたけど、ここ半年くらいで急に大きくなって来た。

 

そして、耳鳴りと耳は聞こえないまま、

めまいふらつき、顔の左側の感覚が鈍くなり、舌の左側の感覚が鈍くなるという症状が悪化して行った。

 

そして、この状態のまま生きて行くのか?と考えてゾッとした。

しかし、死にたいとは思わなかった。

そうなって初めてぼくは生きたいんだと気付いた。

 

と言うか、

以前思った「死にたい」という思いはずっとぼくの中に巣くっていたのだと分かった。

同時にその「死にたい」という思いは本心ではなかったということも分かった。

 

そうなってから、少しずついろいろなことに対する好奇心が湧くようになって来た。