人生は大きな流れのようなもの | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

人生を変えるなんて本当に出来るのだろうか?

会社員になって、いろいろな理由で2度転職した。

最後の会社では病気になって働くのが嫌になった。

ボランティアや農業体験に片脚を突っ込んでみたりしたけど馴染まずに、

大病を患って、結局引きこもっている。

そんな人生を歩みたいと思った訳ではなかった。
奴隷のように命令されて働くのは嫌になってからは雇われ労働はやらないで来たけど、

それ以外は自分で制御出来なかった。

人生は勝手に流れて行くというのが今のところの感想だ。

その流れの中で自分が出来る範囲で努力しているだけ。

 

例えば、人生が馬車馬のように働く時期だったら、いくらでも働ける。

友達も家族も投げうって働いても大丈夫。

でも、人生の流れが変わって、働く時期が終わった途端に働けなくなる。

その時期が近付くと、だんだん働くのが辛くなるようなことが起こり始める。

それはおそらく時期が変わるサインなのだ。

でもそれを無視して働いていると、タイムリミットが来て強制終了がかかる。

ぼくの場合は適応障害だった。

寛解(症状が問題無い状態まで無くなった)後復職したけど、もう全然ダメだった。

自分でも驚くほどポンコツになっていた。

判断が出来ない。考えてもどうしたら良いか分からない。

頼れる人が居ない。と言うか他人が怖かったなぁ。

以前の自分とは別人のようになってしまった。

 

当時は落ち込んだり自分を責めたり、パニックになって自分を見失っていた。

でも、そういう流れだったんだなぁと今は思っている。

そして、努力の意味さえも変わってしまった。
努力すれば事柄が変わるものだと信じていた。

つまり結果が出るのが努力だと思っていた。

でも、どんなにいろいろやっても何も変わらないし、他人からも全く評価されなくなって気付いた。

努力で変えたんじゃなかったのだ。

それまでの自分が恵まれていただけだったのだ。

努力と結果が出ることは別のことだと思っている。

 

人生の大きな流れがあって、それに乗っているときなら事柄を変えることは出来ると思う。

しかし、流れが変わったら、その流れに乗らないと何をやっても何も変わらない。

たぶん、人生の流れの方向に合った努力は成果につながるのかも知れない。

 

 

人生の流れって、一般的に変わるものなのかどうかは分からない。

変わることはよくあるとしても、

流れから外れるという経験はあんまり普通はしないんじゃないかと思う。

これは出来事だけを見たら完全に停滞してるように見えるだろう。

ぼくはこの時期は動くのではなくて、それまでの自分を振り返り、

本来の自分に立ち戻るための時期だろうと思っている。


人生の流れは制御出来ない気がする。
でも、現在が停滞していると感じるなら、それを在るべき流れに乗せることは出来るような気がしている。

自分を整えるというのがそれだ。

自分の人生の流れを堰き止めているものを手放せば流れ始める。

 

人生はそれまでは本来の流れにならない気がする。