人生ってゲームかも知れないと思う。
無条件で何でも経験出来るゲーム。
だからぼくはとても辛い経験が出来たのかも知れない。
しかし、それにしても、初期設定があまりにも大変な人が居るように見える。
そして社会の仕組みも、夢も希望も無いように感じる。
ゲームなら、かなり難易度が高いと思う。
今までプレイして来たゲーム(=前世)が簡単過ぎたから、今生は難しい設定にしているのかな?
ゲーム上級者という訳だ。自覚無いけど。
あるいは、前半は苦労して後半に楽出来る設定なのかな?
なんでも良いけど、もうちょっと疲れた。
そう思うようになったら、どうやったらこのゲームから抜けられるのだろうか?
という興味が湧いて来た。
そもそも、これが楽しむためのゲームという前提が怪しいかも。
ゲームかも知れないけど、楽しむためのものではないんじゃないだろうか?
罰ゲームと考えたらどうだろう?
それなら早く終了する方が楽になるだろう。
そうは言っても、罰ゲーム。
ただ終わらせても駄目で、何かクリアしないと抜けられないという仕組みがあるのではないか?
クリアしないと最初からやり直しになる。
そうだとするとそのためのヒントがあるのかも知れない。
それがこの理不尽な状況だ。
本来の人って普通にしてるだけで幸福感が感じられるものなのかも知れない。
それなのに幸福感が限定的にしか感じられなくなるとしたら、こんなに辛い罰は無いはずだ。
ただ、ここでの幸福感に限界があっても、
それが自分の感じられる全部だと信じてしまったら辛いとも感じないかも知れない。
そう感じている内はこのゲームからは抜けられないのだろう。
ここで感じられる幸福感には制限があると気付くことが必要なんじゃないか?という気がする。
それで攻略出来るのかは?分からないけど、まずはそこに気付くことが1つの目標かも知れない。
なんでこんなに辛いのか?
ここは自分の世界じゃないのか?
そもそも自分とはどういうものなのか?
そんなことを妄想した。