久しぶりの外食。
何を食べようか迷った結果、四川料理を食べることに。
「本場の四川風麻婆豆腐は美味いだろう。」
ランチの中から、麻婆豆腐とチャーハンのセットを注文したら、
ほとんど待たずに出て来た。
温かいけど、よそってからしばらく置いておいた感じがした。
微か(かすか)に嫌な予感が過った(よぎった)。
「きっと人気商品なので作り置きしているのだろう。」
大丈夫大丈夫と思い直してチャーハンから一口。
中華料理の専門店、おそらく中国人の人が作ったチャーハンの味だ。
日本の日常ではまず出会わない不思議な癖の有る甘さと言うかコクと言うか。
ぼくはこの味は得意じゃなかった、と今更ながらに思い出した。
不味くは無いけど、癖が好きじゃないという感じで少し残念。
そして麻婆豆腐を一口。
辛~い!
唐辛子と山椒の辛さだと思う。
自分が辛さに弱くなっていることを痛感。
「しかし、麻婆豆腐の美味さは後味だ。
この後美味さが来て、爽快感に変わるのだろう。」
と思い直したのだが、後味に何だか変な味がして後は辛さが残るばかり。
もう一口。
何だ?この変な味は。
辛いでも無く、苦いでも酸っぱいでもない。
独特の化学的な、何だろう?食器洗剤のような味??
洗剤を食べたことはないけど、きっとこんな味だろう。
もちろん食べ物に洗剤なんか入れないだろう。
ぼくにはそういう味に感じられたということだ。
味の例えが見つかったら、もう食べたくなくなった。
ほとんど残っている目の前の赤い湖に途方に暮れる。
「いや、出されたものは残しちゃダメでしょ!」
そう思い直して、後はチャーハンでごまかしながらなんとかかき込んで完食。
この後、1日半くらいお腹が重たいような筋肉痛のような鈍い痛みが続いた。
辛いモノがダメなんだな~と何度も思った。
ちょっと寂しいような残念なような。
何で残念なんだろう?
「辛いものが食べられるのはカッコイイ。」
子どもの頃に思ったことをそのまま思い続けていたと気付いた。
そう言えば、食べてる最中に出て来た、残しちゃダメというヤツ。
自分の食の好みよりも、食事を提供してくれた人や、食事を残さないことを優先するべきだという思い込み。
小学生の頃の給食で刷り込まれたんだろうな~あれも思い込みだな。
今日食事の前後に思ったことのほとんどが自分の思い込みじゃないか。
思い込みと言えば、
何故か四川とか本場の味と言われると美味いに違いないと思って、何度も食べて来た。
そのくせ、今まで四川風麻婆豆腐と言われるものを食べて美味いと思ったことは無かったな。
自分の感覚を無視していたんだな~
実際に自分がどう感じていることよりも、考えていることを優先してるんだな。
こういうのを頭で食うと言うのかも。
味覚がメインと思われる食事でも、現実の味よりも思い込みを優先んしていた。
今実際に感じている感覚よりも、過去の記憶に頼る生き方だと思った。
ぼくの生活はどれくらい過去の記憶に浸食されているのだろうか?
想像すると、こっけいなような怖いような。
もう、そういうのからも卒業だ。
本来の食べ方、味わい方に戻って来ている。
だから、自分が本当は何が好きで何が嫌いなのかは再度確認し直さないと分からない。
四川風麻婆豆腐が教えてくれたんだな。
それにしても、四川風麻婆豆腐は教え方まで甘くない!