「現実」を観ずに生きている | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

この↓動画を観て、自分にも当てはまると思った。

 

 

スターウォーズのエピソード1・2・3の辺りの話で、

アナキン・スカイウォーカーを分析しているようだ。

 

ぼくはスターウォーズのエピソード1・2・3はほとんど観ていないので、

ストーリーは分からないけど、ここで語られていることは理解出来た。

 

一部抜粋する。

 

『アナキンの一生はトラウマの中で七転八倒する、

 一度も「現実」そのものを観ることが出来なかった人生なんですよ。

 ぼくたちの心の中、全員がこれになる可能性があるんですよ。』

 

 

起こったこと、言われたこと、見聞きしたこと、こういった事柄を人はどのように捉えているか?

 

だいたい、物事の流れや見聞きした情報と、自分が考えたこと感じたことがごちゃ混ぜになっていると思う。

 

尊敬している人、凄いと思っている人の言動は、

「きっと深い意味があるだろう」

とか

「倫理的、道徳的にもすばらしいはず」

といった先入観を持って受け取るだろう。

 

嫌っている人、見下している人の言動は、

「きっとあまり意味は無い」

とか

「くだらないことしか言わないはず」

といった先入観持って受け取るだろう。

 

聞き取っている文章は同じでも、

それをどう解釈するかで意味は違って来る。

それが積み重なって行くと、全く違う解釈が出来るだろう。

 

これは見聞きすること全てにも言えるし、

それ以外の感覚から受け取る情報にも同じことをしているだろう。

 

だから、仮に同じ場所に居ても、人によって違う解釈をしている。

 

例として、事柄の捉え方だけを挙げたけど、

実際にはもっと複雑なことを沢山していると思う。

会社の上司や学校の先生に、自分の親を投影したり、

この人はこう考えていると決めつけたり。

 

それをひっくるめて人は幻想の世界に生きていると言えると思う。

そのことをこの動画では、

『一度も「現実」そのものを観ることが出来なかった人生』

と表現していると思った。

 

 

言い換えると、自分の妄想の中で生きているということだろう。

そしてそのことに気付いていないから、苦しい妄想をしている人は苦しみが続くことになるだろう。

 

もしかしたら幸せな妄想の中で生きている人も居るのかも知れない。

でもそれは、妄想の中の欲求を満たす妄想の中の幸せではないかと思う。

 

妄想の中に居ながらにして「現実」を観ることは出来ないだろう。

だから自分の本当の願いや欲求も知り得ないと思う。

本当の願いや欲求が分からなければそれは叶えられない。

それでは本当の幸せは感じられないような気がする。

妄想の願いや欲求が叶えられても満たされないだろう。

 

ここで言う「現実」とは、

五感から入っている情報から立ち現れる景色を、

極力自分の思い込みやジャッジ、決めつけを差しはさまないで眺めたときに観えるモノじゃないかと思う。

そんなことはほとんど無理だけと思うけど、

それに極力近付けて観るように努力することは可能だろう。

 

そうすることで「現実」は観ることは出来ないけど、

自分の思い込みやジャッジ、決めつけは知ることが出来ると思う。

そうやって知ることで思い込みやジャッジ、決めつけを外せるようだ。

それが自分の本心を知ることにつながる方法だと思っている。