○○はみんなで作り上げて行くモノ | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

子どもを育てたことは無いけど、この↓ブログを読んで感じるものがあった。

母親が何かに掛かりっきりで、子どもがないがしろにされているようなシチュエーションに直面すると、

今までだったら怒りが出て来ていた。

忙しくて子どもの具合が悪くてもかまってあげられないなんて、典型的な怒りの対象だった。

 

子どもは未完成で純粋なので弱いから保護が必要だと思っていたからだろう。

今回も怒りの感情は出て来てはいるけど、あまり強くない。

最初に気付いたのはそれだった。


そして、この時は自分の中に子どもの強さを信じているというような感覚があるのに気付いた。

子どもは完成していてエゴも有り、思ったよりも強いモノだと。

 

自分が潜在意識で信じていた何かが変わったようだ。

今まで強い感情が出て来ていたような局面なのに冷静なままで居る自分に気付くと、

自分を観察することの効果だとろうと思う。



親子関係において、今までは親が一方的に子どもの面倒を見るべきだと思っていたけど、今はそんなことはないと思う。
子育ては、実は親子での共同作業なのではないか?と思う。
子育て=親育てでもあり、親子関係、家族関係は関係者全員で作り上げて行くモノじゃないか、と思うのだ。

子どもを弱いだけの何も出来ない無能な存在として扱うか、有能だけど未熟な人として見守るかで、

作り上げられる親子関係や家族関係はかなり違ったモノになるんじゃないか?と思う。

親は子どもの面倒をみることを義務や責任として背負い込むのではなくて、面白がれると言うか。

完璧じゃない親の自分も、子どもも責めないで受け入れれば良いのかも知れない。

 

そういう風に考えると、子どもの気持ちを聴くことは大事だろう。

思考や概念や感情は人によって違う。
でも、それを親だから正しいとか、未熟な子どもだから変だという決めつけをしないで、

どうしてそういうことをしたのか?どう感じたのか?を共有出来ることが信頼や安心を育むような気がする。

 

対等な人間関係とは、気持ちを共有しようとする姿勢があるかどうか?なのかも知れない。

 

人と人という実際に立ち返って、そういったモノをお互いに話せるし聴ける関係性を築くという経験は、

その人にとっての財産になる気がする。

 

 

ぼくの中の子どもに対する印象をまとめてみる。

【以前】未完成で純粋→弱い→不信感

【現在】完成していてエゴも有る→強い→信頼感

 

こう書いてみて、大きく変わっていることが分かった。

自分の中で何か変化が起こったのだろう。

 

上の方で、

「親だから正しいとか、未熟な子どもだから変だという決めつけをしないで」

とサラッと書いたが、簡単な事じゃないと思う。

 

じゃあ、今日から決めつけをしないようにしよう!

なんて顕在意識で考えて、精神力で出来ることじゃないと思うのだ。

 

まず、自分が決めつけをしている、その状況をしっかり自覚する必要があるだろう。

そして、どうしてそう決めつけるのか?自分の信じているどういう考えが働いてそうしちゃうのか?

という潜在意識で信じ込んでいることを知る必要があると思う。

 

そうすることで、その信じていることが今の自分には必要なければ手放せるだろう。

 

ぼくが持っていた、子どもに対する印象が変わったから、

子どもの観方が変わったというのが、その一例になると思う。