「自信」は見失うことはあっても無くならない | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

この↓ブログの内容に共感を覚えた。

成功体験の蓄積は、過去の記憶でしかない。
世界も含め、自分は変わり続けているから、前回出来たことが次回も同じように出来るとは限らない、

と誰でも潜在意識では分かっていると思う。

そういうのは全て思考で創り上げた幻想の部類に入る。
言い換えれば過去の遺物だ。今さっき世界一になったとしても、それはもう過去の話なのだ。
実際とは、現在に属している。
だから、過去の遺物は実際とは別物なのは当たり前だ。

しかし、自分を愛していれば、それは今現在の感覚だから、実際にも影響する。

だったら次の勝負で勝利や成功する確率が上がるのか?と問われれば、それは分からないとしか言えない。
結果は分からなくても、チャレンジする勇気が持てる。
どんな結果になってもそれを受け入れられる。
チャレンジの結果によって、自分を有頂天になったり惨めになったりしないで居られる。

それは感情に巻き込まれ難いとも言えそうだ。
誰かに負けたとか、優勝出来たとか、全力が出せなかったとか、思ったより好成績だったとかで、

大喜びしたり悲壮になったりしないのだ。
感情はあくまで自分から出て来るモノであって自分ではないと分かっているから、離れて見ていられると言うか。

事柄は事柄、自分は自分だという安心感、シックリ来る感じ、それがあれば大丈夫という、そういう自信。

子どもの頃はみんな持っていたし、今だって持っているはず。
ただ、見失っているだけに違い無い。

きっと不安や自己不信を掻き立てる考えの影にでも隠れているのだろう。