心配されるのが嫌 | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

心配か~

ぼくは嫌だったな~

心配って、他人の状況が悪くなることを想像して、

そうならなきゃ良いな、と思うことだと思う。

 

その想像するの止めて欲しい。

本当になりそうな気がする。

 

そういう意味では呪いに近いと感じる。

 

だったら何もしないで放っておいて欲しい。

 

心配してると言われると、

自分の状況を説明しないといけない気になる。

そして、心配されている事を意識しなくちゃいけなくなる。

それが嫌だった。

 

 

書いてみて気付いたけど、

これは心配してるって言って来る人のことを言っているようだけど、

ぼくに問題が有ったんだな。

 

心配したい人には心配させておけば良いだろう。

 

心配されるのが嫌なら、付き合わなければ良いのだ。

 

自分の状況を説明したくなかったらしなくて良い。

 

気にしなきゃ良いじゃん、と思った。

 

心配する人に、

いくら心配するなと言っても心配するだろう。

それはコントロール出来ない。

 

自分が出来るのは、

そういう他人に感情を振り回されないことだろう。

 

心配の是非を議論するのもあんまり意味無いかな~

 

心配する人を論破したとしても、

心配する人はするだろう。

何も変わらない。

 

その人を改心させても、

また別の心配する人が現れるに違いない。

 

 

何だか心配する人を悪人のように書いてしまった。