普通というフィルターを外して観る | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

この↓ブログを見て思ったこと。

『世の中にある無限の恵みを見つける』って、
自分の思い込み、世界観を一回横に置いて世界を眺め直すってことだな~と思った。

 

今のこの状態、状況は当たり前という意識で観ると何も無いと思える場所。

でも、普通というフィルターを外して観ると、在るモノが見えて来るだろう。

 

空気が、光がある。

服を靴を身に付けてる。

家、電気、ガス、上下水道、道路が機能してる。

家族や友達、健康や自由、飲食物。

素直に観ればいろいろ気付くだろう。

 

と、言うのは簡単だけど、

こういうことは誰にでも出来る訳ではないだろう。

 

良い奴隷になるために、機械になることに徹している人たちには到底出来ることではない。

生きることを放棄したり、疲れ切っている人にも難しいかも知れない。

やっぱり、人として生きようとしていないと出来ないような気がする。
その意欲とエネルギーが今備わっている人。

そう考えると、世界は変わらない、変わってもそれは一部だけだ、
そう信じ込むところから、機械になることが始まるのかも知れない。

一時だって世界は固定されないし、止まったことも無い。
世界は常に動いている、変化している。
そんな世界だと分かってたら、固定され、決まった動きしかしない機械になろうなんて思わないだろう。

世界の動きに逆らって同じ状態で存在するのは難しいから。
そんなものは邪魔だし、世界の動きに合わせられないから自分の周囲の形を自分に合わせてもらうことになる。

そうしないと生きて行けない。

だから自分は他者に依存してしか生きられない、と奴隷の道を選ぶのだろう。


世界を先入観抜きで、そのままの姿で見ようとする。
その時初めて、悠久の時の流れ、代々受け継がれて行く人の営み、自然の偉大さ、そういったものに気付ける。