自分の気持ちが認められないから他人に認めてもらいたい | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

共感が得られないというのはけっこう辛いかも知れない。

自分で自分の気持ちを受け入れられる人は、他人に自分の気持ちを認めてもらおうとはしないと思う。

 

考えていることを受け入れてもらうとはしない、

言い換えても良いだろう。

 

それは他人の力を借りずとも、自分でも出来るのだ。

自分で自分の気持ちを認めることで実際に気持ちが落ち着く、安心する。

 

それを出来ない、していないから、他人にそれを求めようとするのだろう。

本当は自分の中で解決出来るのだが、そのことを知らないのだ。

そして、今までずっと他人にしてもらうことで済ませて来たのだろう。

そのため、今でも知らないままなのだ。



おそらく、人は無意識で他人に自分の気持ちを認めてもらおうとする。反射的に。
顕在意識で意図してはいない。


だから、認めてもらえないときは怒ったり、拗ねたり、

思いの外激しい反応を取ったりするけど、

自分でも何でそんなことをするのか?

何でそんなに腹が立つのか?

分かっていないのだと思う。

自分で自分の気持ちを認めるなんて、日頃やっていないといきなりは出来ないかも知れない。

バカらしく感じるかも知れない。

そう感じるのは、自分で自分の気持ち無視して生きて来たと考えて良いだろう。

 

では、気持ちを認めるの逆は何をしていることになるのだろうか?

自分や他人の感情や気持ちよりも、自分の考えを優先すると言えるだろう。

 

上に挙げたブログの例で言えば、

気持ちを認められたい旦那さんに対して、

奥さんは正誤で判断する、断罪するという対応をしている。


判断は自分の考えだ。
相手を間違っていると断ずるときは、相手の感情や気持ちよりも自分の思考の結果である判断を優先しているということ。

だって間違っていることは間違っているだろう!と考える人は、同じことを自分にもしているのだ。