自分の活動はすべて神事だという在り方 | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

この↓ブログを読んで、ある経験を思い出した。

ある、自己啓発のコースに参加したことが有った。

泊まり込みで受講するのだが、

生活上のルールのひとつに、

朝起きたら掃除をするというのが有った。

 

その頃のぼくは掃除が嫌いだった。

掃除って、やってもすぐに汚れるので徒労だと思っていた。

 

綺麗な方が良いに決まってる。

でもそれを維持する労力を払うくらいなら散らかっていても良いやと。

 

しかしここでのルールなので、

仕方なくなっていた。

 

そういう話をそのコースの参加者にしたがあった。

 

すると、参加者のひとりがこう言った。

 

「掃除って、その場所を清めることだと思ってる。」

 

それを聞いて以降、

ぼくは掃除が嫌いだとか徒労だとは思わなくなった。

 

チリやゴミを取り去るためにやっているのではなくて、

箒やはたき、雑巾、掃除機といったモノを使ってその場を撫でると言うか、

触れて行くことで自分の気を飛ばすと言うか馴染ませるというか、清めると言うか、

そんなことのためにやっているような感じがしている。

 

ぼくにとって掃除は、ある種の神事みたいになったのだと思う。

そのついでに綺麗にもなって一石二鳥みたいな。

 

 

以前の掃除のイメージは、

自分のために自分でする作業

というもの。

 

それが、

部屋や家や、そこに居る神様のために奉納するパフォーマンス

みたいになった気がする。

 

同じ作業なのに、

イメージが変わっただけでやる気が出るというのは面白いと思った。

 

人は自分のためには嫌なことも、

他者のためなら嫌では無くなる、

という性質があるのかも知れない。

 


この感覚と、上に挙げたブログの

『自分の活動はすべて神事だ』という考えが似ているように思う。

後者の方がより規模が大きい気がするし、素敵な考えだと感じる。

 

そういう心境、在り方の人は、

世界をどんな風に観てどんな風に感じているのだろうか?